お酒の「ゾンビ免許」について

あらゆる業界に法規制は存在します。酒類業界は多くの法規制が課されている業界です。例えば、日本において20歳未満の飲酒は禁じられているように、あらゆる国・地域で飲酒年齢の制限がなされています(マカオなど、一部年齢制限のない地域もあります)。それ以外にもお酒の製造や流通については、日本に限らず多くの国において何らかの規制が課されています。

情報化やテクノロジーが進む一方、日本のお酒に関する法規制については長らくアップデートされていません。そのせいか、現在の商慣習に照らし合わせると全く意味がないと思われるルールや、既得権益を優遇して公平感に欠くルールなどむしろ悪影響とすら感じられるものも存在します。

私が他業界から日本酒業界に参入したからなのか、理不尽であると思うようなルールに対して、ずっと業界にいる方々よりも過敏に感じてしまうのかもしれません。

ということで、これから何回かに分けて、僕が業界に対しなんか変だなぁと感じたことを書いていきたいと思います。第一回目は通称「ゾンビ免許」と呼ばれる酒類免許について述べていきます。

お酒をネットで売るための要件

ゾンビ免許を説明する前に、お酒を販売するまでの道のりについて簡単に説明します。

あなたが酒屋をオープンしたいと仮定しましょう。物件を探したり、冷蔵庫や棚など設備や備品を調達したり、やるべきことはたくさんありますが、お酒の販売は許認可事業。とにもかくにも酒類小売業免許を税務署から取得しなければなりません。提出書類に問題がなければ2ヶ月程度で取得でき、晴れてお酒を店頭販売する資格が得られます。

物理的な店舗での販売だけでなく、ネットショップなどを通じて販売したければ通信販売酒類小売業免許も取得しなければなりません。
(厳密には、複数の都道府県を対象にした場合に必要。東京都在住の顧客のみを対象にするなど、単一の都道府県を対象にした通販の場合は不要。)

店舗での販売は、届け出た販売予定の酒類(日本酒、ワイン、焼酎など)について特に大きな制限なく販売をすることが可能です。しかし通信販売においては、ある制約が課されています。

お酒の通信販売における制約

お酒の通信販売に課された制約とは「前年度の酒類の品目ごとの課税移出数量が、すべて3,000kl未満である酒類製造者の商品」のみ販売可能ということです。分かりにくいかもしれませんが内容は単純で、ビールや日本酒を年間3000kl以上国内販売しているメーカーの商品は通販しちゃダメということです。

3000klといってもピンときません。下表は平成30年における販売数量ごとの酒蔵の数を表しています。
(販売数量は課税移出数量とは厳密には異なる数字ですが、かなり近い数字と考えられるため当記事では以降同義とします)


平成30年度 清酒製造業の概況より(国税庁)


ご覧の通り、日本には1378蔵存在します(当時)。そのうち3,000kl以上販売しているのは約30蔵。つまり酒蔵全体の上位2~3%の大手の商品については、ネットショップなどを通じて販売することが禁じられているのです。

そもそも、なぜこのような規制が通販のみに課されているのか?地場の中小メーカーを保護することを目的とした規制であると考えられます。
通販は店舗小売よりも広範な地域を対象にお酒を販売することが可能です。知名度や広告予算が豊富な大手の商品があらゆる地域に出回ることで、地場メーカーが打撃を受けることを未然に緩和しようということなのだと思います。

ちなみに大手ビール会社はどれくらいの販売数量かというと……なんとキリンビールで年間560,000kl!(ビール単体。発泡酒などは除く)
余裕で3,000klを超えているわけで、当然ネットショップで販売したらアウトなわけです。


KIRIN Data Book 2020より抜粋(キリンホールディングス株式会社)

ちょっとAmazonをのぞいてみよう

みんな大好き世界最大のネットショップAmazon。もちろんお酒も販売しています。
ここは法治国家、日本。法の下に平等。当然3,000kl以上のメーカーのお酒は扱ってはいけません。

・・・あれ!?

 

めちゃくちゃ売ってる!!

3,000klどころか56万klの数量を誇るキリンビールの商品が所狭しと並んでいます。キリンビールだけではありません。アサヒもエビスも販売されています!日本酒については最大手である白鶴の商品が当然のように陳列されています。

明らかに通販免許の規制に反していますが、これを可能にするのがゾンビ免許なのです。

ゾンビ免許とは?

現行の酒類小売業免許は1989年(昭和64年)に制定されました。通称「ゾンビ免許」とはそれよりも前に交付された酒類小売業免許のことをいいます。

当時の免許には、現行の通販免許に課されたような制限が一切なかったのです。よって、1989年よりも前に酒類小売業免許を取得した酒屋さんは、3000kl以上の販売数量のメーカーのお酒もネットショップで扱うことが可能です。

Amazon設立は1989年以降ではありますが、ゾンビ免許を保有する酒屋さんを買収することで、あらゆるお酒をネットショップで販売することができているのです。

僕は次の2点においてゾンビ免許は問題だと思います。

①不利な競争条件を与えていること
ゾンビ免許を持つものと持たざるもので、扱い可能な商品に差を出すことに何の正義があるのか。当店においては業態上全く影響ないのですが、ビールから日本酒、ワインなど幅広いお酒を扱う総合系の酒屋さんにとっては、ゾンビ免許を持たなければオンライン販売する際に大きく不利な競争条件となるでしょう。

②最大手ECがゾンビ免許を保有することで、地場中小メーカーの保護という大義名分が逸失していること
現行の通販免許において大手企業のお酒を扱うことを制限する背景は、地場中小メーカーの保護であろうと説明しました。しかし地球上最もアクセスを集めるネットショップAmazonにおいて大手のお酒を扱うことを許している以上、現行の通販免許に課された規制に正義はありません。Amazonだけでなく、セブンイレブン、イオン、カクヤスなど超大手通販サイトがゾンビ免許を活用し大手のお酒を販売しています。

※問題はこのような状態を許している現行の免許制度にあるのであって、上記のように当該免許を取得、あるいは保有している企業がそれを活用して消費者から需要のある商品を供給することは、法律で認められている以上何ら責められることではありません。

まとめ

当店には影響ありませんが、上記のような問題点に加えて、個人的にもこういう不公平は嫌いです。一刻も早く是正していただきたいものです。