京都府京都市から、「これからの1000年を紡ぐ企業認定」を受けた松井酒造。持続可能な社会の構築に貢献するため、ソーシャルイノベーションに取り組む企業に与えられる認定です。
松井酒造が考え、取り組む持続可能な日本酒造りとはどのようなものなのでしょうか。松井酒造蔵元・松井治右衛門さんにお話していただきました。
「これからの1000年を紡ぐ企業認定」を受けて
去る1月17日、松井酒造は京都市から「これからの1000年を紡ぐ企業認定」をいただきました。これは社会的課題をビジネスで解決することや、社会的課題を生まない新しい商品やサービス、あるいはシステムを生み出すことで持続可能な社会の構築に貢献し、ソーシャルイノベーションに取り組む企業を認定するものです。
松井酒造は、醸造用電力のおよそ6割に太陽光発電を使用していること、スピリッツの原料に日本酒の副産物である酒粕やその他廃棄される予定だった植物原料を使用することで、循環型のものづくりに取り組んでいる姿勢を評価していただきました。
2026年に松井酒造は創業300年を迎えます。酒造りは、いわゆる伝統産業に分類される業種です。こうした業界ではなかなかイノベーションが起きにくい環境にありましたが、最近ではさまざまな企業が環境問題にも積極的に取り組もうという動きが見えています。
松井酒造の「伝統」に対する姿勢
今回は松井酒造が考える「伝統」について考えてみようと思います。実は私は極力、伝統という言葉を使わないようにしています。伝統は権威に繋がり、それは時としてマジックワードのように使われてしまうからです。
作業工程の一つ一つは長い歴史に裏打ちされてきたものですが、技術の革新は日進月歩です。伝統を守ることに固執すると進歩の道から外れてしまいます。所作そのものが伝統を形作る世界であればそれでも良いのでしょうが、ものづくりを生業とする私たちにとって伝統は手段に過ぎません。
私たちの目的は、より良いものを生産することにあります。伝統の名のもとに思考停止に陥ってしまうようなことがあってはなりません。歴史的な名作はその時代にあっては常に最先端だったのだろうと私は思います。伝統を疑い、問うことは伝統の破壊ではなく、再解釈だと言えます。
技術の進歩と、“本物”を追うこと
一方で、酒は酔うためのものです。精神に作用します。だから、機械がお酒を造ればよいと考えるのも、また間違いであると断言できます。
以前、京都国立博物館で開催された国宝展を訪れたときのことをお話したいと思います。源頼朝とみられる人物の肖像画や、曜変天目茶碗など、教科書で見たことがあるさまざまな宝物の中に、志賀島で見つかった金印が展示されていました。思ったよりも小さくて、これが現代まで残り、知識のある人に見つけられたことは奇跡に近いという感想を持ちました。
帰りにお土産コーナーで金印と同じ形の文鎮が販売されていたので、購入して帰ってきました。精巧な作りで、見た目だけでは本物か偽物か判別できないくらいです。おそらく現代の技術をもって、お金に糸目をつけなければ本物と同等のものを作成することができるのかもしれません。
でも、レプリカに対しては複製技術に驚くことはあっても、そこに感動することはありません。私たちは本物を目にするときにはじめて感動するのです。それは私たちがその金印が持つ意味を、現代までたどってきた歴史を想像するからです。この金印は西暦57年に後漢の光武帝が漢委奴国王に与えたとされていて……といった背景があって、その「本物である事実」に感動するわけです。
科学と感情を両立するものづくり
私は基本的に酒造りはサイエンスであるという姿勢で仕事に臨んでいます。ラベルにアルコール発酵の反応式を添えているのは、そういう私たちの姿勢を示しています。私たちの仕事にギャンブルは必要ありません。一定の品質と再現可能性を担保しなければビジネスとしては成り立ちません。良いお酒ができたけど、たまたまでした、では許されないのです。
ただ同時に、酒はエモくなければならないとも思っています。ここに2本のお酒があったとします。一方は蔵人の手で造られたもの。もう一方は機械がオートメーションで造ったもの。どちらの方が美味しいと感じるでしょうか。酒を分析するのは機械ですが、味わうのは感情を持った人間です。
人間は、このお酒はどんな風にして造られたのだろう、この酒蔵はどんな歴史を経てきたのだろうと想像するのです。時代が変わろうとも、人の手が入らないと良い製品にはなりません。手造りの素晴らしさはここにあります。造り手の想いは手を通じて製品に宿るのです。
その想いを伝えるために、会社は、地域のためになる仕事をしなければなりません。会社の歴史はその地域で紡がれてきたものですし、酒造りにおいて多くの酒蔵はその土地から水を得ています。酒蔵は地域と有機的に結びついており、そこを離れて生きるわけにはいかないのです。
私たちは都市化の波の中で酒造りをできない時期が長くありました。だからこそ、環境都市京都において環境に配慮した企業でありたいと願っています。冒頭に述べたように醸造用電力に太陽光発電を用いたり、酒粕や廃棄予定の植物原料を再利用したジンを製造したりするのは、その一環です。常に解釈し、問い続けること、そしてそれを伝えることが必要なのだと思っています。
伝統が楽しいものに思えてきたのではないでしょうか。私は今日もワクワクしながら蔵に向かいます。もし興味が湧いたならぜひ、酒蔵見学に来てください。1000年の都・京都で、皆様にお会いできるのを楽しみにしています。
【酒蔵だより:松井酒造】
- 2023年8月:「中学生の職業体験を受け入れて」
- 2023年10月:「京都から世界へ。観光都市の酒蔵として思うこと」
- 2023年11月:「ゲームやアニメと日本酒のコラボ可能性」
- 2024年1月:「ジン&ラム参入で、日本酒とシナジーを生み出す」
- 2024年3月:「『これからの1000年を紡ぐ企業』として、酒造りの伝統と未来を考える
- 2024年8月:「年30回参加!日本酒イベントの醍醐味とは」
- 2024年11月:「海外出張でみえた日本酒の現在」