毎年5月に結果が発表される全国新酒鑑評会は、それぞれの酒蔵の技術力を測るコンペティションとして、新聞などのメディアでも注目を集めています。
「流輝」を醸す松屋酒造は、2022年酒造年度は入賞という結果に。紆余曲折を経ての結果であり、さまざまな葛藤や想いが背景にあったそうです。
今回は、松屋酒造代表の松原広幸さんに、2023年の全国新酒鑑評会への挑戦についてお話してもらいました。
欠点のない酒を造る技術を測る
5月下旬、今年も全国新酒鑑評会の結果が発表されました。
全国新酒鑑評会は、酒造りの技術を評価するものであり、弊社も技術の向上を目指して出品しています。出品したお酒がそのまま商品として売られることはあまりありませんが、コンテストを通じて学んだ技術を取り入れたお酒をみなさまに楽しんでいただくことになります。
現在では、多くの日本酒コンテストがあり、コンテストごとにさまざまな受賞基準が設定されていますが、全国新酒鑑評会は統一されたルールが明確に決まっています。それは味覚や嗅覚という、とても複雑で不確かな感覚の中で、「蔵の個性や特色は排除して、香りのある華やかで香味のバランスの良い、欠点のない酒質」という条件に合致する酒を全国の蔵元が造る、ということ。この技術の研鑽を毎年行っていくことに、全国新酒鑑評会の醍醐味があると思います。
上位25%に入るために、群馬県で研鑽
今回の2022年酒造年度は818蔵中、25%にあたる218蔵が金賞でした。群馬県はこの25%に入るために「群馬県醸衆会(じょうしゅうかい)」という技術研究会を結成し、毎年、情報やデータを共有し合い、それぞれのお酒がどうだったか話し合っています。
松屋酒造 全国新酒鑑評会受賞歴
鑑評会開催年 | 受賞区分 | 出品規格 |
---|---|---|
2010年 | 入賞 | 大吟醸 |
2012年 | 入賞 | 大吟醸 |
2017年 | 入賞 | 純米大吟醸(初めて純米大吟醸に切り替え) |
2021年 | 金賞 | 純米大吟醸 |
2022年 | 金賞 | 純米大吟醸 |
2023年 | 入賞 | 純米大吟醸 |
弊社は、2017年に出品酒を純米大吟醸に切り替えました。一般に、純米大吟醸で金賞を取るのは難しくなるため、これは苦渋の決断でした。しかし技術の向上を目指した酒であっても、市場のトレンドに合わせていきたいという将来性を考え、移行を決めました。その年はたまたま入賞をとれましたが、その後2018年から2020年は入賞にもかすりませんでした。
美しいBMD曲線は理想的。しかし……
弊社が必ず指摘されるのが、BMD曲線(※1)が他の蔵と比べていびつである、というところです。
最高ボーメ(※2)が8.0近く出て、醪日数が40日前後になります。教科書では、最高ボーメは6.5~7.0で、醪日数は30日程度とされています。弊社の場合、BMD曲線を綺麗につくろうとすると、上手に酒造りができなくなるのが悩みどころです。他の酒蔵さんを拝見すると、BMD曲線が綺麗な蔵はお酒も綺麗に感じます。
※1 BMD曲線:醪を管理する際に使われる図。醪の経過日数を横軸に、BMD値(留後の日数×ボーメ度)を縦軸にプロットしてできる曲線のこと。
※2 ボーメ(度):日本酒の比重を表す単位。同じく比重を表す単位として有名な日本酒度とは、ボーメ1=日本酒度-10の関係にある。通常、日本酒度が-30(ボーメ3)より小さい場合にはボーメを管理の単位として用い、それより大きい場合には日本酒度を用いる。
2年連続で金賞を取ることができましたが、弊社の課題である「最高ボーメが出すぎて、醪後半が弱る」状況を解決したいと、今回の出品酒製造は踊りを2日とって酵母を活性させる作戦をこころみました。
選ぼうと思えば、麹のつくりを変える、麹歩合を少し変える、設計を変えるなど、他にもいろいろな手段はあります。
結果、BMD曲線は綺麗にできましたが、酵母が踊りすぎてしまって、例年より酸がわずかに目立つ酒質になりました。本当にわずかな違いですが、リンゴ酸でしょうか、酸のほうにバランスが寄ってしまいました。
またカプロン酸エチルが主体の酵母を使用したものの、上立香も酢酸イソアミルが高めに出る方向になってしまいました。
市販酒としては良い酒なのですが、出品酒として統一されたルールには合わない酒になってしまった、ということです。
実際、群馬県品評会・検討会に出品したところ、審査員のみなさまから、しっかり酸を指摘されてしましました。
今回は難しい状況の中で、1本目のタンクからとった2つの斗瓶と、2本目のタンクからとった2つの斗瓶、計4本の中でどの酒を出品するか、大いに悩みました。出品酒は3月末に提出して、審査は予審4月中旬と、決審5月連休明けの2回あります。
ここで出す酒を選ぶのにも経験が必要で、3月末に最高の状態の酒を出しても、5月の決審まで品質を維持できる酒、または5月に最高の状態を迎える酒を出品しないと金賞はとれません。
今回は群馬県品評会で審査員をさせていただいたので、その記憶と検討会でいただいたアドバイスを参考に、何度もテイスティングしながら、5月の将来性を考え出品しました。過去2年は醪がよくできていて、あまり考えなくても出品できていたのですが、今回は相当苦労しました。
全国新酒鑑評会の前に、群馬県の品評会と、醸衆会出品酒検討会があって、弊社も品評会と醸衆会の両方の審査を受けて出品酒を決めました。今回、群馬県は出品蔵16〜17蔵中8蔵が金賞、1社入賞という好成績を収めました。この、入賞にあたるのが弊社です。弊社にとってはとても厳しい大逆転の入賞でした。
学んだのは、出品前に粘ることの大切さ
結果、金賞は逃し、入賞で終わりました。金賞はとれませんでしたが、出品前に粘る最後の足掻きをすることが大事だとわかった年になりました。
弊社のBMD曲線は、確かに他社と比べると歪になりやすいかもしれません。しかし、最近は地域や研究者によってさまざまな(※3)分析の基準があり、BMD曲線の形に固執するよりも、①米の溶けやすさを予測して、白米水分や汲水(くみみず)を細かく調整すること、②搾った後の処理と最後のワルあがきを泥臭くやっていくこと、そして③その努力を見せないこと(笑)が重要なのではないかと思っています。
普段はこのように考えているのですが、他の酒蔵さんも含め、毎年やってくる全国新酒鑑評会で25%の金賞に入ることがどれだけ大変で、尽力しているか少しでも伝わればと、今回は記録に残しておくことにしました。
最初に書きましたが、出品酒はそのまま販売されるお酒ではなく、「蔵の個性や特色は排除して、香りのある華やかで香味のバランスの良い、欠点のない酒質」という、全国の蔵元が統一されたルールに合致する酒をつくる、この技術の研鑽を毎年行っていくことに醍醐味があります。
宣伝になりますが、弊社はこの出品酒の技術を「流輝 純米大吟醸 モルフォ」に取り入れ、みなさまに楽しんでもらえるよう提供しています。「流輝 モルフォ」は出品酒と同じ醪、または同様の仕込みで造った醪を弊社の槽で搾り、2週間以内に瓶詰め、火入れをした純米大吟醸です。ぜひ、全国新酒鑑評会の味を楽しんでみてください。
※3 A‐B曲線やグルコース値、原エキス値など。
流輝 純米大吟醸 モルフォ Morpho
兵庫県産の山田錦を40%まで磨いた、“流輝”最高峰のお酒。
クリアで華やか、りんごやパイナップルを思わせるような穏やかな果実香やふんわりと甘さのあるミルキーな香りがします。口に含むと洗練された上品な甘旨味がじんわりと広がっていきます。
まるで綿あめを思わせるような、繊細で優しい甘さの余韻。後を追って寄り添う心地よい酸味と、最後に訪れるほろ渋さが素敵なアクセント。
今年も品格のある味わいに仕上がっております。冷酒でキリリと冷やして上品な余韻に浸ってください!