日本酒を選ぶとき、基準の一つになるのが商品デザインです。毛筆で書いた力強いものからポップなイラストまで、個性的なラベルの中からお気に入りを探すのも楽しみの一つではないでしょうか。
今回の酒蔵だよりでは、京都府の松井酒造蔵元である十五代目 松井治右衛門さんが、美しいデザインが目を引く「神蔵」のパッケージに込められた想いを綴ってくれました。
散りばめた「神蔵らしさ」と「日本らしさ」
「パッケージは味わいの一部である」。私たちはそう考えています。お酒売り場には何百種類もの商品が並んでいます。お客様にリピートしてもらうためには、お酒そのものの品質が大切です。しかし、最初に目に留まる、手に取りたくなる商品であるために、ボトルの美しさやラベルのデザインに力を入れることも重要です。
題字とロゴマーク
お酒の顔となる題字「神蔵」は書家の紫舟(ししゅう)さんにお願いしました。紫舟さんは蔵の建設中に足を運んで、私たちの日本酒に対する想いを汲み取ってくれました。紫舟さん書の題字が決まってから「神蔵」のイメージも固まっていきました。
「神蔵」誕生から14年経過し、2023年に新たに生まれたジン・ラムの「輪廻」の題字も紫舟さんにお願いしました。蔵の想いや描く未来、宗教観にまで踏み込んで制作された題字のおかげで、私たちのイメージも洗練されていきました。
ボトルやキャップには弊社のロゴが入っています。わかりにくいですが、よく見ると松に蔦が絡まっています。これは伝統をイメージしています。そこにアルコール醗酵の化学式が記されており、酒造りに対する科学的なアプローチを意味しています。最近よく耳にする「伝統と革新」という言葉を、私たちなりにイメージしたロゴです。
ボトルカラーと装飾
日本酒の名前は覚えにくいという話を耳にします。「純米大吟醸無濾過生原酒の斗瓶囲い雫取り」と言われても呪文を聞いているように感じてしまうかもしれません。私自身、業界に入るまでは同じような気持ちでいたので、お酒を覚えてもらうために瓶の色で種類を分けようと考えていました。
そのため、私たちの蔵では、それぞれの清酒のイメージに合うボトルの色を採用しています。深い味わいと芳醇な香りが特徴の純米酒には、深さのある水を想起させるグラデーションカラーを使いました。瑠璃色なので、私たちは「ルリ」と呼んでいます。ライトでクリアな印象の純米酒はクリアなボトルを、酒米の祝や山田錦を使用した純米大吟醸酒にはそれぞれ白と黒のボトルを使います。
お客様が飲食店で飲んで気に入ったお酒を購入する際に、「どんな色の瓶でしたか?」と伺うと「黒かった」とか「ブルーっぽかった」と答えていただけるので、こちらも判断しやすいというメリットがあります。
瓶の首の部分には「金継ぎ」のモチーフを施しています。私たちに限らず、酒蔵は数多くの苦難を乗り越えて今日を迎えています。近いところではコロナ禍がまさにその一つでした。今の時代、順風満帆に事業を継続している酒蔵などないのかもしれません。私はその傷も蔵の大切な歴史の一部であると考えています。悪いところを隠さず、それも含めてお客様に見ていただこうと思います。
器の割れや欠けを美しく修復する金継ぎのことを蔵のアメリカ人ジョージさんに説明すると、「それはとても日本的で素晴らしいことだと思う。海外では普通、傷が見えないように修復するから」と言っていました。とはいえ、私たちは金継ぎの専門家ではありません。以前から交流のあった漆作家の追立睦(おいたて・むつみ)さんに教えを請い、どのようにヒビが入るのか、どのように修復するのかを教えてもらい、とても素敵なモチーフができあがったと思っています。
金継ぎは日本人の精神性を表す、世界に誇る文化だと考えています。私たちの清酒にもその精神が根付くようにしたいと思います。
ファンタジーの世界を現実に
私たちの商品の一部のボトルはAR(拡張現実)対応をしています。コロナ禍にあって、蔵見学をしていただけない日々が長くありました。日本酒を近くに感じてもらいたいという思いから、拡張現実のラベルを採用することにしました。
映画のハリー・ポッターシリーズをご覧になったことはありますか?作中に新聞が登場する場面があるのですが、彼らの世界では新聞の写真が動くのです。私はずっと、あれを日本酒のラベルでやりたい!と考えていました。ところが、どの印刷会社さんに相談しても、今できる技術ではないとの返答が……。そこで、ARラベルにたどり着くことになりました。
アプリを通してラベルを撮影すると、酒造りの様子が再生されます。1分間の動画(私が作成しました!)が3種類(洗米編・製麹編・上槽編)準備されていて、2週間おきに切り替わるようになっているので、1カ月ほどで酒造りの工程が見られるようになっています。いつか、私が生きている間にはきっと、松井酒造のラベルは動いて皆さんを楽しませてくれるようになっていると思います。
絵画で感じる季節の移ろい
松井酒造では季節ごとに特別なお酒も醸造しています。冬にはお正月用のおめでたいお酒「神蔵初夢」を伊藤若冲の「鳥獣花木図屏風」のラベルで販売します。若冲は松井の菩提寺でもある臨済宗相国寺派本山相国寺との関係が深く、初めて製造した季節商品のラベルに選びました。この屏風は世界に2隻あり、そのうちの一つが所蔵されている静岡県立美術館にデータをお借りしました。
白い象は吉兆で、お正月に相応しい動物。さらに、私たち松井酒造の創業年である享保11(1726)年は、8代将軍徳川吉宗がベトナムから日本に象を運ぶ一大プロジェクトが始まった年だと言われています。若冲はこの時はじめて京都で象を見たのかもしれません。当時の人々は大きな象を見てどんなに驚いたことだろう、そんなことを想像しながらラベルを貼っています。
春、夏、秋は画家の中島潔画伯の画を使用しています。中島先生はかわいらしい童画や儚げな女性の絵を多く描いていらっしゃる画家で、若女将が昔からの大ファンであったことがご縁に繋がりました。季節のお酒にはそれぞれに風の名前がついており、春は「東風」(こち)、夏は「南風」(はえ)、秋は「西風」(ならい)と名付けました。
ちなみに詩人・金子みすゞの詩の世界をテーマにした中島先生の作品の一部が清水寺の塔頭成就院の襖絵として奉納されています。郷愁や儚さの中に凛とした強さを感じる中島先生の作品は、風に吹かれる女性の姿が印象的です。風には季節折々の香りがありますが、私たちの清酒にも季節の香りを感じてもらいたいと考えています。
外箱に宿る遊び心
モウルド箱
贈答用のお酒のラッピングに使われる白い箱はモウルドという素材で作られています。これは卵のパックにも使われている素材で、クッション性に優れ、かつ生分解性があり環境負荷が少ない素材です。
この箱の良さは他にもあります。私は幸いなことに経験がないのですが、ギプスを付けたときに、お友達からいろいろとメッセージを書いてもらうことがあると思います。「早く良くなりますように」とか「全快祈願」とか、そういうものです。このモウルド箱には直接メッセージを書くことができるので、特別なプレゼントにも使うことができます。
再生紙を使っているということもあり私達は「再起動する」という意味のリブート(reboot)と呼んでいます。お酒が靴(boots)を履いているようにも見えるので気に入っているパッケージです。
本箱と鉛筆箱
お客様がお酒を飲むシーンをみていると酒蔵の歩んできた道、つまりストーリーを感じながら楽しんでいる方が多いように思います。酒販店さんもそこを大切にしてお客様に説明してくださっています。そこから、物語を伝えるのは「本」だろうということで本型のパッケージを採用しています。
中には松井酒造にまつわる短編小説が入っています。いくつかの小説があるのですが、どれが入っているかはお楽しみというところです。私のお気に入りは「家守」です。人情噺なのですが、お酒のエモさをうまく表現している名作だと思っています。
実は、この小説は若女将が書いているものです。彼女はお父さんが物書きのお仕事をしているので、その血を引いているのでしょう。これからもっとたくさんのお話が増えると思いますので、お楽しみに。
私は文房具が好きなので、本があるんだったら鉛筆があってもいいんじゃない?ということでリキュールは鉛筆箱に入れることにしました。機会があれば展開図をお見せしたいのですが、箱を組むのに慣れるまでは大変です。でも見た目がポップでかわいらしいので、若い世代のお客様にも好評です。
私たちはお酒のパッケージに関しては中身の清酒の醸造と同じくらい手間暇をかけて決定します。デザインには必ず意味を持たせているので、そこもお楽しみいただければと思います。
パッケージデザインという芸術
私たちにとって自社のお酒は自分の子供のような存在です。家を出るときに良い服を着せてやりたいと思うのは当然のことだと思います。そして、その香りや味わいをイメージしてボトル、ラベルを作成しています。思いを込めて製造した作品ですので、ボトルも一緒にお楽しみいただければとても嬉しいです。
アートから日本酒へ、日本酒からアートへ、一見異なる世界が交流し、混ざり合う世界はそれだけでワクワクしてきます。ぜひ、お気に入りの作品を鑑賞しながらお気に入りの日本酒を飲んでみてください。
【酒蔵だより:松井酒造】
- 2023年8月:「中学生の職業体験を受け入れて」
- 2023年10月:「京都から世界へ。観光都市の酒蔵として思うこと」
- 2023年11月:「ゲームやアニメと日本酒のコラボ可能性」
- 2024年1月:「ジン&ラム参入で、日本酒とシナジーを生み出す」
- 2024年3月:「『これからの1000年を紡ぐ企業』として、酒造りの伝統と未来を考える
- 2024年8月:「年30回参加!日本酒イベントの醍醐味とは」
- 2024年11月:「海外出張でみえた日本酒の現在」
- 2025年1月:「「神蔵」のデザインに込めた想いと工夫」