【酒蔵だより:松井酒造】中学生の職業体験を受け入れて

松井酒造の日本酒

お酒を飲めるのは20歳になってから。なかなかそれまでに日本酒と関わる機会はないものですが、京都府京都市の中学生は、職業体験プログラムを通して、「神蔵」でおなじみ松井酒造で酒造りを体験することができます。

今回の酒蔵だよりでは、蔵元である十五代目 松井治右衛門さんが、今年おこなわれた職業体験の中での中学生たちとの交流について綴ってくれました。

目次

地域の中学生6名が酒造りを体験

5月30日から6月2日までの4日間、京都市の「生き方探求チャレンジ体験」というプログラムのため、近隣の中学校から2年生の生徒さん6名が職業体験に来てくれました。私が学生の頃にはこうした取り組みはなかったのですが、学生の時期に職場に身を置く良い機会になると思います。

中学2年生といえば、14歳。私たち松井酒造が復活したのも14年前ですので、彼らと同学年の酒蔵ということになります。1日目、彼らと出会ったときの第一印象は、「みんなまだまだ小さいな」ということでした。まだ体が大きくなる前なので、力仕事が多い酒蔵でやっていけるか心配そうな面持ちです。

ところが、礼儀はとても正しく、きっと学校で練習してきたんだろうな、と吹き出しそうになってしまうほどでした。あまりにもかしこまっているので、「普通にしてくれていいよ」と伝えましたが、それでもなかなか態度を崩さず、良い子たちだなぁと感心しました。 

松井酒造、入口

私たち松井酒造は、四季醸造の体制をとっています。5月下旬となると、仕込みが終わっている酒蔵がほとんどだと思いますが、私たちはしっかり仕込みの予定があったので、清酒製造の工程に関わってもらうことになりました。

初日は、麹室に入って、蒸米を引き込む作業に参加してもらいました。まずは爪の隙間まで手を洗い、麹室に向かいます。外も暖かくなってきた季節とはいえ、麹室の中は30℃。湿度も高いので、顔を真っ赤にしての作業です。清潔な服装と下着の着替えを持ってくるようにお願いをしていましたが、実際に体験してみて、その意味を分かってもらえたようでした。

当たり前のことですが、多くの人は酒造りのことを知りません。大人でも、日本酒の製造の細部をわかっていないのが当たり前です。酒造りは奥が深く、詳しく知ってしまうと造りたくなるのが人情ですし、密造の危険を防ぐために、あえて醸造を学ぶことはないようにしているのかもしれません(笑)

かつて、新潟県に日本で唯一の醸造科がある県立吉川高等学校(2008年に閉校)がありましたが、これは本当に特異な例で、10代の若者が醸造の現場に触れるということはまず、ありません。ちなみに、吉川高校醸造科の卒業生の多くは全国の酒蔵で蔵人として活躍されています。私の修行先の醸造課の課長さんも、吉川高校の卒業生でした。

職業体験中の中学生が掃除をしている様子

そんな珍しさもあってか、今回参加してくれたみなさんは、興味をもって仕事に取り組んでくれていたように感じました。学校の時間に合わせる必要があるために、朝9時から15時頃までの体験学習で、夕方の作業に入ることはできませんでしたが、出荷のための箱詰めなどに入っていただき、こちらとしても大きな助けになりました。

初日はかしこまっていた生徒さんたちも徐々に打ち解け始め、だんだん野球の話やゲームの話で盛り上がることができました。職場は学校とは違いますが、一日の多くの時間を過ごす場所としては共通しているので、楽しくいられる場所であればと願っています。

若者とお酒をどう考えるか

中学生は、私たちにとっては未来のお客様。日本酒に興味を持ってもらえるのはうれしいとはいえ、未成年の今、興味を持って飲んでしまうのは困ります。

厚生労働省の生活習慣病予防のための健康情報サイト「e-ヘルスネット」によると、過去30日間(2017年の集計時点)に1度でも飲酒した人の割合は、中学3年生男子が3.8%、高校3年生男子が2.7%、中学3年生女子が10.7%、高校3年生女子が8.1%。「思ったより多いな」という印象を持ちましたが、これでも年々減少しているので、今は目標の0%に近づいていっているようです。

世界に目を向けてみると、国によって飲酒開始可能年齢はまちまちです。アメリカは州によって異なるようですが大部分は21歳以上、ヨーロッパでは18歳以上という国が多いようです。ドイツやベルギー、スイスなどは16歳から飲酒が可能だそうですが、世界的には18歳以上から飲酒可能とする国が多いそうです。

松井酒造の日本酒

もちろん、16歳からお酒を飲んでほしいと思っているわけではありません。アルコールが若い体に与える影響は大きく、アルコール業界に生きるものとしては正しい飲酒文化を醸成することも大切な使命です。

アルコールを美味しいと思える味覚は、後天的に獲得することが多いという話を聞いたことがあります。アルコールの味というのは、苦いものです。苦味とは毒の味であり、子どもには受け付けない味なのだそうです。
言われてみれば、子供の頃に祖父が飲んでいたお酒をぺろりと舐めたときには、「よくこんなの飲んでいるな!」と思いましたし、私の娘たちも今は「お酒なんて飲まない!」と言っています。

ほかにも、ワサビに代表される薬味の類は、後天的に美味しいと思える味覚であり、食の経験を積むことによって美味しさに気付くことができるようになるのだとか。つまり、10代のうちに無理してお酒を飲んだところで、美味しいと感じられることはまずないのです。
彼らの世代はまだ「いつか飲んでみようかな」と思うほどでよく、大学生くらいになって「案外イケるな」と思えた時がお酒との付き合いはじめということで良いのでしょう。

未来のお客様に、日本酒を伝える

松井酒造の外観

若年層に日本酒を訴求することは必要とはいえ、正しい飲酒のあり方も同時に伝えなくてはなりません。成人を迎えてまずすべきことのひとつは、自分がアルコールに対してどれくらいの耐性を持っているのかを知ることだと思います。自分のアルコール許容量を知っていればお酒の失敗は少なくなるでしょうから、早めに把握できるのが何よりです。

職業体験で中学生を迎えられたことは、私たちにとっても大きな経験になりました。何よりうれしかったのは、お店の雰囲気を彼らが褒めてくれたことでした。お酒を飲んだことがなく、お酒に興味もない彼らが評価してくれたのです。

国内の日本酒市場は縮小傾向で、酒蔵は海外輸出にシフトしていっています。もちろん私たちもそうなのですが、だからといって日本を諦めようとしているわけではありません。日本酒に興味を持っていない若い世代に対する訴求にも力を入れていますので、そうした世代に評価してもらえたことで、自分たちの方向性は間違っていなかったと思うことができました。

今後も、こうした取り組みは積極的に参加したいと思っています。そして、今回職業体験に来てくれた14歳の6人が、6年後にお酒を飲みに来てくれることを心待ちにしています。

 

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