コロナ禍が明け、日本も再び海外からの観光客で賑わってきています。そんな中でも、随一の注目を集めるのが、古き良き伝統的な日本の風景が見られる京都。今回の酒蔵だよりでは、京都・松井酒造の蔵元である十五代目 松井治右衛門さんが、京都の酒蔵として海外からのお客様と接する中で感じていること語ってくれました。
観光都市・京都の酒蔵として
京都は言わずと知れた観光都市です。アメリカの大手旅行雑誌「コンデ・ナスト・トラベラー」が年1回行っている読者投票の結果、2020年の「世界で最も魅力的な大都市ランキング」第1位に京都市が選ばれたのは記憶に新しいところです。最近でも、有力旅行雑誌「トラベル+レジャー」の世界の好きな都市2023年ランキングで、京都は3位にランクインしています。
海外から見た京都のブランド力は相当なものだと言えるでしょう。街を歩けば海外からの観光客が溢れ、時にはオーバーツーリズムともいわれる現状ですが、コロナ禍のことを思えば、大勢の人が戻ってきてくれてありがたいというのが、観光産業に生きる人たちの声なのではないでしょうか。
海外からのお客様は、私たち酒蔵にとっても大きな存在です。今年春以降のお客様は6割程度が海外からのお客様で、特に欧米からお越しの方々が多いようです。2019年にラグビーワールドカップが日本で開催されたときには、海外から本当に多くのお客様にお越しいただき、全てのお客様が海外から、という日もあったくらいでした。今の状況はその時期に似ているように思います。
私たちの蔵に海外の方が来られる理由は、京都御所や銀閣寺といった主要観光地に近い場所に蔵があるということ、そして長期間にわたって英語対応をしているということが挙げられると思います。もちろんお酒の品質を求めて来て下さるお客様も多く、それは嬉しい限りです。京都には他にも観光客を受け入れている酒蔵は多くありますが、場所によっては行き来に半日かかってしまう場合も多く、その点、私たちはアクセスしやすい環境にあるということが大きいと思います。
アメリカ出身蔵人ジョージさんが大きな戦力に
もちろん、最初から海外観光客が多かったわけではありません。私が記憶している限り、最初に海外からの蔵見学を希望されたお客様は、名古屋大学の先生がお友達を連れてこられた時でした。英語での案内をご希望だったので、メモを片手にご案内したことを覚えています。
このときわかりやすいと思っていただけたのか、その後、海外からのお客様はどんどん増えてくることになります。思い出深いのは、外務省からのご依頼で、アメリカホワイトハウスのスタッフの皆様をご案内したことです。オバマ政権の事務方の皆さんで、日本酒の製造方法を興味深く聞いてくださったことは良い思い出です。
前述したように、2019年は非常に多くのお客様がいらっしゃり、私達だけでは対応が難しいと感じていた時に、現在、松井酒造で働いてくれているジョージさんが現れました。ジョージさんはニューヨークの出身で、前職は投資銀行で働いていたウォール街の住人です。奥様は京都出身の日本人です。バンカー時代は日本の自治体を取引先とする仕事も多く、またVIPとの商談ではアルコールの話題は比較的ポピュラーだったそうで、日本酒に興味を持つようになったとのことでした。セカンドキャリアに日本酒の製造を選んでくれたことは本当にありがたいことです。
彼は英語のネイティブスピーカーというだけではなく、アルコールだけでなくさまざまな日本とアメリカの文化的な背景を理解しているので、お客様の満足度は格段に上がっているように感じています。いまや私たちの会社には欠かせない人材の一人になっています。
モザンビーク共和国駐日大使の来日
今年の6月9日に、モザンビーク共和国から駐日大使ご夫妻と国民議会議長様御一行が御来蔵くださいました。衆議院議員事務局様からご依頼をいただき、ご案内することになりました。折に触れ、さまざまな国のことを勉強できるので、海外からのお客様をご案内させていただけるのはとても楽しい機会だと感じています。
モザンビークという国名は聞いたことはあるものの、どのような国であるかについては知りませんでした。調べてみると、織田信長公に仕えた弥助さんはモザンビークの出身だったらしく、日本との縁があるのだそうです。実際モザンビークのお米で造られた日本酒もあるようで、日本とのかかわりは今後深まっていくような気がしています。
5月には岸田総理が現地を訪問し、経済文化交流の進行を確認したという報道もあり、アフリカ大陸での日本の存在感を日本のやり方で進めようとしているように思いました。
せっかく遠路はるばるお越しいただいているので歓迎したいと思い、モザンビーク国旗と日の丸を事前にネットで注文。お掛けいただくお席に交互に飾りました。モザンビークのテレビ局も随行し、緊張感が走ります。総勢30名ほどの一団で、一度に蔵に入っていただくことはできないので、2グループに分かれていただきました。半分の方はテイスティングを先に、もう半分の方は蔵のご案内を先に、という具合です。
モザンビークではポルトガル語をお話しになるようでしたが、英語も大丈夫とのことだったので、私と蔵人のジョージさんとで手分けをして対応をします。米を原料としたお酒は珍しいようで、その製法についての説明には興味を持って聞き入ってくださいました。鋭いご質問もいただき、モザンビークでもいろいろな日本酒を飲んでいただける日が近いうちに来るのではないかと予感しています。
我々日本人は、アフリカというとひとつの国のように考えてしまいがちですが、その中にさまざまな国があり、民族があり、歴史があります。そういったことも学びながら、今後も関わりを深めていければと思います。
京都から、日本酒で世界とつながる
最近では、酒蔵ツーリズムという言葉をよく耳にするようになりました。例えば、我々がフランスを旅行した時に現地のワイナリーを訪れてみようと思う感覚で、酒蔵を選んでやって来る海外からの観光客は非常に多くいらっしゃいます。アルコールはその土地の気候風土、文化を表しているものが多いため、酒を学ぶことはその土地の文化を学ぶことに近い意味を持っています。その国の食べ物に調和し、その土地の気候に合った原料を用いて酒が造られてきたのですから、酒の持つ文化的意義は大きいと言えます。国内旅行においても、地酒の酒蔵があればぜひ立ち寄って、機会があれば蔵の見学をし、お酒を買うことは、旅行の動機付け、また楽しみのひとつになるのではないでしょうか。
世界の人々を結びつける日本酒を造ることが私たちの目標です。観光都市にある酒蔵として、京都での、そして日本の良い思い出として記憶に残るように、今後も頑張りたいと思っています。
【酒蔵だより:松井酒造】
- 2023年8月:「中学生の職業体験を受け入れて」
- 2023年10月:「京都から世界へ。観光都市の酒蔵として思うこと」
- 2023年11月:「ゲームやアニメと日本酒のコラボ可能性」
- 2024年1月:「ジン&ラム参入で、日本酒とシナジーを生み出す」
- 2024年3月:「『これからの1000年を紡ぐ企業』として、酒造りの伝統と未来を考える
- 2024年8月:「年30回参加!日本酒イベントの醍醐味とは」
- 2024年11月:「海外出張でみえた日本酒の現在」