【酒蔵だより:上原酒造】蔵元一世一代の決断!倉庫建替と冷蔵庫増設に踏み切った理由とは

新設された初呑み切り会場

「不老泉」でおなじみ上原酒造のSNSアカウントではここ1ヶ月ほど、建物の解体や建築の様子がSNSに投稿されており、「何が起きているんだろう?」とファンの間で話題になっていました。

これらの写真は、実は1年ほど前のもので、昭和初期頃から使い続けてきた倉庫と、先代杜氏時代から増設を重ねていた冷蔵コンテナを解体・撤去し、新たな倉庫・冷蔵貯蔵スペースと、初呑み切り会場を開設したことを知らせるためのものでした。

「一生に一度あるかないかの決断」と語る蔵元の上原績(いさお)さんに、今回の取り組みの背景を語ってもらいました。

目次

老朽化に悩まされていた、冷蔵コンテナと倉庫

私たち上原酒造は、生酒の多い蔵です。それは山根前杜氏の初期のころに新発売した、今では弊社で一番の人気銘柄の「杣の天狗 純米吟醸 うすにごり 生原酒」を発売してからのこと。それ以降、新たに出す商品は火入酒と生酒を造るのですが、いずれも生酒が圧倒的に支持されたこともありまして、生酒アイテムがどんどん増えていきました。

「杣の天狗  純米吟醸 うすにごり 生原酒」
「杣の天狗 純米吟醸 うすにごり 生原酒」

しかしそうなると、それを貯蔵する冷蔵庫も必須になるわけで……。当時は価格も比較的リーズナブルで設置も比較的簡単だった、中古の屋外コンテナ冷蔵庫がどんどん増えていくことになりました。そうして最終的には7基の屋外コンテナ冷蔵庫、3基の小型のプレハブ冷蔵庫が鎮座する上原酒造となったわけです。

ところが、やはり中古のコンテナ冷蔵庫。よく故障しました。また、狭い密閉空間なので湿気が抜けず、長く置いておくと瓶の表面や王冠の内側にカビが生えるといったことも起こってしまいます。また、冷凍機がそれぞれの冷蔵庫で稼働しており使用電力の効率も悪く、冷蔵庫と冷蔵庫の間のスペースももったいない……など、不経済的だなとずっと思っていました。

そしてついに、屋外コンテナ冷蔵庫がのうち1基が雨漏りをしはじめました。この1基だけならまだマシだったのですが、その後また1基と雨漏りをはじめて、いよいよ困ったことになりました。

この冷蔵庫のほかに、古い倉庫にも課題がありました。瓶や段ボール、その他資材を置いているこの倉庫は、かつての精米所でした。以前はかなり古い精米機を使い続けていましたが、自家製米をやめて委託精米に変更しました。その後精米機を撤去して、空いたスペースに使わなくなった木桶や酒の道具が入り始めたのです。

昔はほとんどが一升瓶だけの蔵元でしたので、屋外に回収した一升瓶を置けば収納スペースはほんの少しで足りていました。しかし以降は日本酒の多様化、小容量化で瓶の種類が急に増え、それに使用する段ボール箱などの容器も多様化してきたので、収納スペースが急に手狭になってきて、精米所に一気に色々な資材が置かれるといった事態になっていました。

倉庫から見つかった古い小瓶
倉庫から見つかった古い小瓶

しかし、悲しいかな相当古い建物で隙間もひどく、梅雨時になると湿気であちこちにカビが生えそうになるといった環境で、ついには積み上げた段ボール資材の一番下の部分にカビが生えてしまい使えなくなるといったことが起こり、これもコンテナ冷蔵庫と並ぶ悩みの種でした。

初呑み切りの改善と、「全量蔵付き酵母」への環境整備

前回の酒蔵だよりで書かせていただいた、初吞み切りでも改善しなければならない点が出てきました。初呑み切りは毎年7月の下旬に開催していますが、夏の暑い時期に冷房設備のない蔵の中で行っていたので、暑さ対策に大きな課題がありました。最近は熱中症のこともあり、いろいろと対策をしてきましたが、どれも問題を完全に解決するものではありませんでした。また、コロナ禍で密集を避けることが必須となりましたが、換気設備も十分ではありませんでした。

昨期までの初呑み切り会場
昨期までの初呑み切り会場

また2023醸造年度のシーズンより、きょうかい酵母などを使用せず、弊社山廃仕込みのもろみから分離した蔵付き酵母で全量仕込むことになってから、やはり夏場でも外部からあまりたくさんの人を入れない方が安全といったこともあります。こちらの面でも大きな課題を抱えることになってしまいました。

実はもう何年もくよくよと考え続けていたのですが、そうしていても事態は何も好転しないし、主力銀行(担当者が大の酒好き)の協力も得られる見通しもついたし、活用できる補助金も見つけられたのも大きく、10数年来の悩みを一気に解消すべく、ついに走り出したのです。

一生に一度、あるかないかの決断!物価高騰で不安な日々が続いたが……

コンテナ冷蔵庫を3基廃棄し、そのスペースに冷蔵倉庫を増設。倉庫を解体し、その跡に、1階部分は事務スペースと資材置き場の倉庫、2階のスペースは全部初吞み切り会場となる木造建屋の新築に踏み切りました。ちなみに当初は鉄筋に鉄板の壁といった外見は簡単で内部をしっかりとした建屋を考えていたのですが、設計士さんから「蔵の顔になるところがこれではどうにもならん」と諭されたこともあり、木造建屋に変更しました。

新設された冷蔵倉庫と木造建屋
新設された冷蔵倉庫と木造建屋

これは一生に一度あるかないかの決断になる、とそれぞれの見積もりを見て思った次第。でもこの構想はずいぶん前から考えていたもので、当時はそれなりの予算でも手当するつもりでいました。しかし、このところの急な物価高騰によってり、予算を大幅にオーバーしてしまい、その不安から急に息苦しい毎日になってしまったのです。

それに加えて古い建屋の取り壊しや廃材等の処分費用も、当初考えていたものより大幅に上がっており、ますます不安が募る結果となってしまいました。使えなくなった酒造りの道具とか、溜まりに溜まった不要なガラス瓶が大量にありましたから……。

しかし、工事はどんどんと進んでいきます。とても大きな不安と、どんどんできあがっていく建物を見ての期待感がほんの少しと……。公開がこのタイミングになったのは、そんな精神状態ではリアルタイムの情報発信は正直、できなかったというのもあります。

最初に木造建屋、そちらの目途がついたら冷蔵倉庫といった順に建築は進み、蔵入り前の2023年10月初旬、ついにすべて完成しました。

完成した新冷蔵倉庫の内部
完成した新冷蔵倉庫の内部

結局、当初想定していた予算の1.5倍の費用がかかってしまい、私の引退時期は大幅に先送りになってしまいました。子どもたちもまだ高校1年生。双子の男子で、ともに私立高校に通っています。お父ちゃんは頑張るよ……と思いながらも、見せている父親の背中があまりにもひどいので、継いでくれるか分からないし、また今までの私は苦労とは思ってはいないけど、正直こんな私の今までのきつい思いは子どもたちにしてほしくないと思うところもあって、継いでくれとは正直言えないもので……。

……ちょっと横道にそれてしまいましたが、冷蔵倉庫と資材倉庫は早速いっぱいになっています。特に、冷蔵倉庫については、これまで小容量瓶のまま保管する冷蔵スペースがなかったために、やむを得ず一升瓶に詰めてから、出荷前に小容量瓶に詰替して出荷、という手順を取らざるえませんでした。しかし、今回新たな冷蔵倉庫ができたことで新酒の瓶詰時に小容量瓶に詰めることができ、詰替作業が不要になるうえに、詰替時の品質変化リスクも回避できることで酒質の向上も図れます。さらに、資材倉庫の建替によって、段ボール等の資材もカビが生えることなく、清潔でリスクの少ない状態で出荷できる状態が確実になりました。

新しい初呑み切り会場
新しい初呑み切り会場

初呑み切りについても、参加した方々から「空調がきいていて、快適にきき酒ができた」「スペースが確保されており、効率よくきき酒ができた」という意見を多くいただきました。

一方、例年どおり保冷剤でお酒を冷やしていたのですが、以前のような暑さがなかったこともあり、お酒が冷たくなりすぎてしまった部分もありました。また、「逆に蔵の中の方が風情があった」という意見もいただきました。来年以降はさらに良い環境に調整しつつ、風情も意識して改善していきたいと考えています。

酒質のため、ファンのため、そして不老泉の将来のために

今回の投資は、酒の増産につながる設備投資ではありません。酒質を詰替で落としてしまうリスク回避と、初吞み切りに来てくださる不老泉ファンのための投資となりました。したがって、この投資で飛躍的に生産量や売上が伸びるわけでもありません。しかしこのような「お客様に対しての投資」が、将来的に不老泉の価値や販売に資することになってくれればと思っています。ただ、それが活きるのも子どもが継いでくれれば、の話なのですが……。

 

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