SAKE Streetにて2024年より取り扱いが始まった北海道・釧路の福司酒造。近年、札幌や道外での販売も始まりましたが、その9割は地元で消費されるという正真正銘の地酒です。
極寒期には水道管や原料のお米が凍らないように気をつけなければならないというほどの寒さの中で酒造りをしている福司酒造の蔵人とは、どんな人たちなのでしょうか。通称「醸し屋」こと製造部部長の梁瀬一真さんに、「チーム福司」の酒造りについて語っていただきました。
釧路の酒蔵、知っていますか?

私たちが暮らす釧路市は「氷の都」とも呼ばれる、北海道の中でも特に雪が少なく寒さが厳しい街です。スキーやスノーボードよりも、アイスホッケーやフィギュアスケートが盛んなのも、そんな気候ならでは。筆者も学生時代はアイスホッケーに熱中していました。
冬は天候が安定するものの、放射冷却の影響で気温は氷点下20℃以下になることも珍しくありません。自分の吐いた息でまつ毛が凍る──そんな凍てつく環境の中で、私たちは日本酒を造っています。
多くの酒蔵が温暖化の影響で仕込みに苦労するなか、釧路では水道管が凍らないように水を落として帰るのが冬の習慣。気温の低さを気にしながら酒を仕込むのは、他の地域とは違う部分かもしれません。一般的な酒造りが冷却を工夫するのに対し、釧路では“温める”ことが課題になるのです。
そんな極寒の地で1919年に創業した福司酒造は、漁師町・釧路の地酒として、端麗辛口の酒を造り、港を行き交う漁師たちに愛されてきました。今も地元で獲れる海の幸に寄り添う酒を目指し、製造量の9割近くが道東で消費される、まさに地域に根ざした“地酒”です。

2019年には創業100年を迎え、次の100年を見据えて2023年に特約店限定のセカンドブランド「五色彩雲 Goshiki no Kumo」を立ち上げました。アイヌ神話や仏教の言い伝えにおいて幸運の象徴である「五色の彩雲」にちなんだこのブランドは、北海道の食文化と調和する酒造りを目指し、常に新たな挑戦を続けています。
ファーストブランドの「福司」は釧路の地酒としてこの地の風土を映し、セカンドブランド「五色彩雲」は北海道全体とともに未来へ歩む酒。伝統を受け継ぎながらも、変化を恐れず進化を続け、次の100年へつなげていきます。
チーム福司の1日
1月は大吟醸の仕込みの季節。早朝の蔵の中は氷点下となり、窓ガラスには外気で冷やされた水滴が結晶化して、美しい「ジャックフロスト」の模様が描かれます。

ジャックフロストと呼ばれる模様
≪チーム福司の1日≫
8:30|仕事開始
洗米や仕込み準備に分かれて作業。Mジュン氏が沸かしてくれたお湯のおかげでスムーズに進行。冷え込みが厳しい日は水道管が凍結しており、ぬるま湯で解凍してから作業を開始することも。

9:30|分析開始
搾りがある日はこの時間から準備。洗米もこの頃には一段落。
10:00|休憩(30分)
寒い蔵の中で暖を取るため、小まめに休憩。
コーヒータイム:製造部長の部屋のコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲みながら談笑。
10:30|張り込み・麹作業
甑(こしき)へ洗米した白米を入れ、蒸しの準備。
麹室では出麹・盛り作業。話題はやっぱり「今日の賄い何だろう?」
12:00|昼休憩&賄い
食べたい人はおかわり自由!SNS担当者は毎日賄いの記録写真を撮影。

13:00|仕込み開始
蒸米が上がり、蒸し具合を確認しながら作業。捻り餅を作り、蒸米の状態をチェック。必要があれば洗米担当と打ち合わせ。麹・酛・仕込み、それぞれの工程へ移行。蒸米担当が吸水歩合を報告し、各担当が目標温度を伝えながら作業する。この時も雑談多め。
15:00|休憩(30分)
再び暖を取りつつ、エネルギーチャージ。
15:30|翌日の準備&検温
水道の水や洗浄機の水を抜いて凍結を防止。各担当者が点検を行い、翌日に備える。蔵の冷え込みを防ぐため、扉を閉めて作業終了。デスクに戻り、本日の作業を日誌に記録。
17:30|終業
醸し屋はここからブログを書いたり事務仕事を始めたりします。「また明日!」と声をかけ合いながら、それぞれ帰路につきます。
酒造りは職人の世界であり、厳しく凛とした雰囲気を想像されるかもしれません。でも私たちは、美味しい酒は楽しい現場からこそ生まれると考えています。だからこそ、仕込みの合間には雑談や笑い声が飛び交い、麹室ではポッドキャストをBGMに流しながら、時代に合った酒造りを模索しています。
福司の酒を造るのはこんな人たち
実は他の蔵の経験者ゼロ。それでも酒が好きな人の集団

「酒造りは、酒蔵で修行を積んだ職人がするもの」——そう思われがちですが、福司の造り手たちは少し違います。
実は、他の酒蔵で修業をした経験のあるメンバーはほとんどいません。それでも、日本酒への情熱を持ったメンバーが集まり、試行錯誤しながら福司の酒を造っています。
仕込みの一日はチームワークが鍵。個性豊かなメンバーが、それぞれの強みを活かして酒造りに取り組んでいます。
チーム福司の造り手たち
⚫︎ 醸し屋(製造全体の管理)
醸造科がある農大卒。モノを「作る(make)」よりも、モノを「創る(create)」のが得意。毎日の変化を楽しみ、実験するのが好きな反面、同じ作業を続けるのは少し苦手。酒造研修のほか、茨城の霧筑波さんで短期修行の経験もあり。
⚫︎ 酛屋(もとや)・Mジュン氏
前職は車のディーラーで経理担当。30代で「好きなことを仕事にしたい」と福司へ転職。山廃酛(やまはいもと)の勉強のために道内の別蔵で修行も経験。コツコツ積み重ねる努力家で、趣味はアウトドア。チーム福司を釣り好きにした張本人で、山菜採りでは隊長を務める。
⚫︎ 麹屋・クリストファー
蔵で一番器用な男。大学卒業後、新卒で入社。もともと家具職人を目指していたこともあり、蔵のメンテナンスが得意。細かいところによく気がつき、全体の仕事を下支えしてくれる存在。短期で別蔵に修行した経験もあり。さらに、検索の達人として、ミーティングで出た課題を徹底的に調べ上げ、チームに有益な情報を共有してくれる。
⚫︎ 分析・濾過担当・ツヨシ氏
黙々と作業に取り組む職人肌。物静かだが、若い頃はバイカーで、蔵に赤いバイクで通勤していた。前職はハウスメーカーの営業だったが、福司へ転職し、最初は出荷管理を担当。その後、製造部へ引っ張られる形で異動。唯一、お酒をあまり飲まないが、周囲に流されて少しずつ飲めるように!?
⚫︎ 洗米・研究担当・エース
その名の通り、蔵の期待を背負う存在。前職は食品メーカーの営業担当。陰キャの多い製造部メンバーの中では社交性が高いのが特徴。人の心に入るのが上手で、みんなから可愛がられるキャラクター。醸し屋と同じ農大卒で、今後の活躍に期待が集まる。
⚫︎ 洗米補助・ナノイー(入社2年目)
来年は洗米担当にステップアップ予定。前職は商社の営業。自分の好きな仕事をしたいと転職し、日本酒の勉強に励んでいる。控えめな性格なのに真面目なので、周りからの期待に応えようとしているうちに、自然と蔵のムードメーカーに成長!
その他、掃除や洗濯など蔵の衛生面を守ってくれる女性が2名と夏は漁師、冬は蔵人の男性を合わせた合計9名がチーム福司です。
「職人」ではなく「探求者」だからこそ
福司の造り手たちは、職人というよりも「探求者」に近いスタンス。毎年の仕込みにも試験醸造を取り入れ、新しい技術の導入や時代に合わせた変化を積極的に行っています。
100年の歴史も、日本酒業界ではまだまだ若蔵だと思っています。200年や300年の歴史と比べれば培ってきた型がないからこそ、驕らず、常に挑戦者であり続ける。「追う側の必死さ」が、福司の酒質を高めているのかもしれません。
酒蔵だよりでもっと福司を知ろう

今回は、北海道の東に位置し、2つの国立公園に囲まれた街「釧路」の地酒と、そこで酒造りに励む「チーム福司」をご紹介しました。雪は少ないものの、凍てつく寒さの中で生まれる日本酒。そこには、先入観にとらわれず、地域に根ざした酒造りを模索し続ける人々の姿があります。
変化し続ける食文化や産業の中で、「地酒としてあるべき姿」を追求し、お酒への愛情と志を胸に切磋琢磨する蔵人たち。彼らは試験醸造を重ねながら技術を磨き、地域の枠を超えた挑戦としてセカンドブランド「五色彩雲」を立ち上げました。
北海道の日本酒は、まだ発展の途上にあります。しかし、だからこそ無限の可能性を秘めているのです。この土地で生まれる日本酒に「面白そう!」と感じていただけたなら、私たちにとってこれ以上の喜びはありません。
そして、この「酒蔵だより」をお届けするにあたって、もう一つ大きな目標があります。それは、東北海道という地域に興味を持ち、「行ってみたい!」と思っていただくこと。そして、実際に足を運んでいただくことです。地酒は単なるお酒ではなく、その土地の魅力を伝えるもの。だからこそ、福司の酒を通して、釧路の風土や文化を感じていただけたら幸いです。
これからも「酒蔵だより」を通して、福司の挑戦と北海道の日本酒の可能性をお届けしていきます。次回も、どうぞお楽しみに。