【酒蔵だより:松井酒造】ジン&ラム参入で、日本酒とシナジーを生み出す

ジン&ラム「輪廻」

まもなく300周年を迎える京都府の松井酒造では、コロナ禍をきっかけに、新規事業としてジンとラムの製造を始めました。いずれも、素材を工夫して京都の日本酒蔵ならではのスピリッツになるそう。蒸留酒の内容や本事業にかける想いについて、蔵元の松井治右衛門さんに詳しくお話していただきました。

目次

コロナ禍をきっかけにスピリッツ免許を取得

松井酒造は創業以来300年間、日本酒醸造ひと筋でやってまいりました。その間、良い時代も悪い時代も経験してきたわけですが、この数年に起きたパンデミックは、会社経営に非常に大きなインパクトを残しました。

飲食店の営業が止まると、日本酒の出荷も滞ります。特に、無濾過生酒を主力としていた我々のような小規模酒蔵にとっては大問題です。生酒を長期間保管しておくわけにもいかず、そもそも在庫置き場は限られています。火入れをするにしても、それまで使用していた機械栓が瓶火入れに向いていないことが分かり、瓶の一新をおこないました。

そのため、数カ月は営業を休止し、オンライン販売で凌ぐという状況が続いていました。戦時中でも酒造りは続いていたと聞いていますので、酒蔵にとってのインパクトはそれ以上に厳しいものだったと言えるのかもしれません。

松井酒造「神蔵」の瓶

そんなある日、ニュースで消毒用のアルコールが不足しているという報道を目にしました。そして、酒蔵に残っている醸造アルコールが消毒用として使えるということになり、全国の有志の蔵元が寄附しているという内容でした。なんとかして現状を打開したいという気持ちはどの蔵元も共通していたので、小さな力が結集して大きな力になった出来事だったと思います。

幸いなことに、我々の蔵にもアルコールが残されていたので、それを寄附することにしました。本来、飲用に使われるアルコールを消毒用として転用するためにはさまざまなハードルがあるのですが、厚生労働省と国税庁の横断的な対応で「不可飲」の処置をとることで、酒税がかかることのない消毒用アルコールへの転用が可能となったわけです。ちなみに、当該酒蔵にはスピリッツの限定免許が交付されることになります。

醸造アルコール寄付に対する感謝状
醸造アルコールを寄付したことで、感謝状をいただきました

すべてのアルコールを病院や小学校、幼稚園等に寄附をし終わった後も、その限定免許は継続していました。アフターコロナに向けて管轄税務署の指導官とお話をしていたところ、この仮免許を本免許に変えることができるという話を伺いました。

蒸留にはずっと興味があったため、これは良いチャンスだと捉え、小さな蒸留窯を購入。蒸溜所にいる友人に何度か連絡を取ってレクチャーを受けました。もちろん、そんなことで蒸留酒を製造できるようになるほど甘くはありません。発酵屋が蒸留を始めるのは、魚屋さんを始めるようなもので、結局、当初の発売予定から大幅に遅れてしまうことになりました(すみません!)。

酒粕を活用したジンと、和三盆のラム

スピリッツというジャンルには多くの種類の蒸留酒が含まれますが、日本の場合、大きく分けるとジン、ラム、テキーラ、ウォッカになるようです。我々は地域色を大切にしていますので、京都というブランドに馴染むものはどれか、と考えたときにジンとラムにしようと決まりました。

導入した蒸溜窯
導入した蒸留窯

ジンというお酒はジュニパーベリー(ネズの実)を主な香りの原料として使い、瓶詰時のアルコール度数が37.5度以上のものと定義されています。香りにはジュニパーベリー以外の素材も多く使われているため、そこで京都を想起させる香り付けをすることができます。

また、原料となるアルコールの一部は我々が清酒製造で得た酒粕を使用しています。酒粕にはアルコールが含まれており、それを再発酵させて蒸留することで、酒粕由来のアルコールを得ることが出来ます。「粕取り焼酎」というお酒を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。その粕取り焼酎を原料アルコールの一部として使用することで、日本酒蔵ならではのジンができあがったと自負しています。

次にラムについてですが、これはサトウキビの糖蜜を発酵させて蒸留したものです。私のイメージでは、ラム酒といえばカリブの海賊が船にたくさん積み込んで酒盛りをしているお酒です。サトウキビを原料としているということから、暖かい地域で製造されているお酒ということがわかります。

ラム・ジン「輪廻」の商品画像
蒸溜所の名前は「大文字蒸溜所」、商品名は「輪廻」になりました

サトウキビが原料なら、日本酒は関係ないのではと思われる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、良い発酵なくして良い蒸留なし、というのが現在の私の感覚です。糖蜜を発酵させる段階で良い発酵を進めていかなければ、蒸留したあとの味わい、香りに大きな隔たりが生まれてしまいます。つまり、ここでいかに良い香りを出せるかが、発酵を生業としてきた私たちのアピールポイントになり得るところだと考えています。

さらに、せっかく京都でラム酒を造るのですから、和菓子屋さんが多く使っている和三盆糖の糖蜜を原料の一部に使うことにしました。これでラム酒も京都、日本酒という従来の松井酒造のキーワードにリンクしてくることになります。このラムは「京都ラム」としてブランディングしていきたいと思っています。

時と戦う日本酒、時を味方につける蒸留酒

ラム用の樽
ラム用の樽

日本酒において、私たちは無濾過生原酒を主力商品として扱ってきました。要冷蔵商品として出荷していると、どこか時間と競争しているような気がしてきます。もちろん、最近は設備や技術の向上により、熟成酒の世界も広がってきていますが、少なくともパンデミック以前の私たちにとって、時間は競うべき相手だったのかもしれません。

しかし、蒸留酒の世界では、時間が味方に付いてくれています。ラム酒には、栗、サクラ、ホワイトオーク、ミズナラの4種類の樽を用意しました。今、この中でラム酒が深い眠りについています。3年後には産声を上げることになりますが、このような楽しみも今までは想像すらできなかったことです。

醸造が蒸留に良い影響を与え、また蒸留が醸造に新たなインスピレーションをもたらしてくれる。300年目にして新しい世界の扉を開けることができて、ワクワクしています!

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