【酒蔵だより:村井醸造】乳酸菌を使用した酒造りへの挑戦

村井醸造の乳酸菌を使用した日本酒

「真上(しんじょう)」を醸す茨城県・村井醸造では、茨城県産業技術イノベーションセンター(以下、センター)が開発した乳酸菌「Leuconostoc mesenteroides19-5」(以下、乳酸菌)を一部の酒母造りに使用した酒造りを行っています。

今回の酒蔵だよりでは、乳酸菌の使用を始めたをきっかけや、使用にあたって注意したこと、酒母造りから醪に至るまで、速醸酛とはどのような違いがあったのかなどを、製造責任者の臼井卓二さんに綴ってもらいました。

目次

センターが開発した乳酸菌をもとに共同研究

茨城県産業技術イノベーションセンター 清酒製造技術研究棟
茨城県産業技術イノベーションセンター 清酒製造技術研究棟

村井醸造では、センターが開発した乳酸菌を共同研究というかたちで使用しており、その研究は今期で3年目を迎えました。

共同研究に至った経緯は、安全・安心な酒造り、かつ再現性の高い生酛系のお酒を造ることが可能かどうかということを、センターに相談したことにあります。

村井醸造では、2020年度から「真上」という新銘柄をスタートしましたが、2期目に入った際に、蔵の中でひと夏越すことで、まろやかな味わいをまとったお酒を造りたいと思い、熟成に向くと聞く生酛系のお酒を造れないかと考えました。

生酛系のお酒は空気中の菌を巧みに利用する点や、酛すりなどの技術を要する点で、上記の目標である「安全・安心」や「安定性」といったことが担保できるかどうかが懸念であり、そういった不安があることも含めてセンターに相談したところ、乳酸菌を利用した酒造りを共同研究で行ってみないかと提案を受けました。

乳酸菌を使用した酒造りを行うにあたって見直したこと

速醸酛と違い、乳酸菌を使用した酒造りで一番注意することは、これまで以上に衛生に気を配ることでした。

速醸酛は、水麹のときに醸造乳酸を添加して有害菌の繁殖を防止し、純粋な酵母だけを比較的短期間に培養して造るものであるのに対し、乳酸菌を使用した酒母は乳酸菌の作用によって生酸するのを待たなければならず、有害菌の繁殖を防止する程度の酸が整うまでは雑菌による汚染のリスクが高くなります

そのため、速醸酛の時以上に酛立てに注意を要することから、蔵内環境を整えることを意識するよう努めました。

麹造りでの改善点

まず、最初に取り組んだのは麹でした。

これまで麹造りの際は、南部杜氏の親方の教えに従い、素手で製麹作業を行っていたところ、「麹由来の雑菌汚染が一番高い」という指摘をセンターの先生から受けたため、食品用ニトリル手袋を使用することにしました。

ニトリル手袋を使って、蒸米を放冷する様子

また、麹室内の掃除に関してもこれまでは出麹後に掃き掃除と雑巾がけだったところを、オゾン発生装置を導入して、出麹後の掃除完了時と、引き込み前に使用するようにしました。

加えて、室内で使用した布類については従来は煮沸消毒だったものを、醸造用洗浄剤を使用し、すすぎ水にはオゾン水「高濃度オゾン水生成器 サニアクリーン」を使うようになりました。

業務用高濃度オゾン除菌消臭器「剛腕1400」
業務用高濃度オゾン除菌消臭器「剛腕1400」

上記に取り組んだうえで、共同研究用の麹については出麹後、センターに検査をしてもらい、麹が綺麗かどうかをチェックしてもらっています。

仕込み現場での改善点

細かい点にはなりますが、消毒用アルコールスプレーの数を大幅に増やし、どの現場にいても必ず消毒ができるようにしたことと、その場には必ずペーパータオルとごみ箱をセットで配置するようにしました。

消毒用アルコールスプレー・ペーパータオル・ごみ箱のセット

これもセンターの指導によるもので、「掃除や消毒の器具、果てはごみ箱など、衛生を維持するための道具類を身近に置き、『遠くにあるから後でやればいい』といった意識を摘むこと」という助言をもらいました。

共同研究を始めた当初は、現場でアルコールスプレーを使用する頻度が少なかったものの、現在は大幅に増え、16 L容量で注文する消毒用アルコールがシーズン中に5個は消費するようになりました。

三段仕込み時の改善点

乳酸菌を使用した酒造りの特徴として、酒母内で増殖する酵母数・酵母密度が速醸酛と比べて低いことが挙げられます。特に、大吟醸クラスといった精米歩合が高い米を使用した酒母となると、米の栄養素が非常に少ないため、より酵母密度が低くなります。

そのため、通常の三段仕込みのように踊りを1日のみとすると、酵母数がキチンと増殖せず腐造の危険が高まることから、精米歩合によって踊りの日数を2日設けるなど、三段仕込みを慎重に行うようになりました。

乳酸菌の共同研究を行うようになって3期目ですが、現在は精米歩合60%クラスまでは踊り1日、40%のものは2日取っています。

乳酸菌を使用したお酒の特徴

酒質について

乳酸菌を解説する首掛けラベル

乳酸菌を使用した酒母造りを行うと、 速醸酛と比べ、酒母を使用する段階の酸度が1.6倍程度高くなり、醪へと移る際にその酸度を持ち越すため、やや酸味を多く感じる酒質になります。

また、乳酸菌を使用したお酒であることを伝えたうえで飲んでいただくため、ヨーグルトのような酸味を感じる方が少なくないように思います。

強みについて

乳酸菌を使用して造ったお酒は抗酸化能が高くなり、酸化による品質の変化が穏やかになると考えられているため、輸出などの流通における日本酒の品質安定化が期待されています。

加えて、個人的には、酸化による品質変化が穏やかになるのであれば、高精白ではない純米酒クラスのお酒を、冷蔵庫ではなく常温で管理できるようになるのではないかと期待しています。

また、全量乳酸菌使用蔵として、当蔵のお酒を乳酸菌オンリーにするのも良いと思うのですが、あえて普通速醸をそのまま残すことで、国内流通用としては普通速醸を、輸出用には抗酸化能が高い乳酸菌を使用したものを、と分けて展開し、その違いを海外からの日本酒好き旅行者に提案してみるのもおもしろいのではないかと考えています。

まとめ

村井醸造の乳酸菌を使用した日本酒

乳酸菌を使用した酒造りは、当蔵の目標とする酒造りに適う生酛造りがあるのかどうかという点からスタートしましたが、この手法を取り入れたことで蔵の環境や仕込み手法・洗い物に関して、さらに精度を上げることに繋がり、酒質全体が向上したように思います。

現段階では乳酸菌を使用した酒造りは共同研究というかたちであり、ラインナップの中の一つでしかありませんが、いずれは当蔵の目玉商品の一つとして世に認知されていけばと考えています。

 

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村井醸造株式会社

茨城県桜川市真壁地区。戦国時代から城下町として栄え、今でも江戸時代当時の街並みを色濃く残します。近江商人であった村井家がこの地を拠点としたのは、1670〜80年頃のこと。その後、ここで手に入る良質な米と水を活かして酒造りを始めました。

2020酒造年度から限定流通銘柄として立ち上がった「真上(しんじょう)」は、30代の若手蔵人・臼井卓二さんが酒質設計から製造、営業までを手掛ける「これからの酒」。「真壁を盛り上げる」という願いも込められています。「安心して飲んでもらえる酒を」という誠実な想いで醸され、成長し続けるこの銘柄を、一緒に応援していただけると嬉しいです。

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