4月に令和6醸造年度の造りを終えた「不老泉」上原酒造(滋賀県)。しかし、今期の造りは良くも悪くも例年と異なるものだったようです。今回の酒蔵だよりでは、蔵元の上原績(いさお)さんに、今期起きた2つの変化について綴っていただきました。
「不老泉」出荷量が増えるなかで……横坂杜氏の決断

まずは無事に今期の酒造りを終え、ほっとひと段落といったところです。「無事に」とは言いましたが、毎年何か変わります。今年もいろいろな変化が起こりました。
まず一番は、季節雇用であった杜氏が年間雇用となったことです。横坂杜氏が「終の棲家(ついのすみか)」として長いキャリアの最後を「不老泉」で迎えるという決断をしました。
おかげさまで不老泉も徐々にではありますが、出荷量も増え、少しずつ酒造期間も延びてきました。以前、杜氏は酒造りを最後まで終わらせる前に米作りに取りかからなければならず、「後はよろしく」と火入を終わらせて、酒袋洗いなどの後始末を残った蔵人に任せて帰省せざる得ませんでした。そのため、「不老泉を造る責任者としての役割を果たせていない」と毎年重く受け止めておりました。
また、仕込量が増えるにつれて、仕込計画が過密になっていくことで、仕込中に蔵人たちが休むことができなくなり、1本1本のタンクにしっかりと手間をかけきれなかったり、怪我や事故につながることがいつあってもおかしくないといった状況にもなってまいりました。
杜氏としての仕事を全うするため、蔵人を怪我なく元気なままで帰すために、そして自分自身を納得させるために、横坂杜氏は大きな決断をしてくれました。これを受けて今期は酒造期が延ばせたため、余裕のある仕込計画を立てることができたことで蔵人に気持ちの余裕が生まれました。
元気なもろみ
また今まで品切れして得意先にご迷惑をかけていた主力商品の仕込本数を増やすこともできましたので、不老泉にとって大きなプラスになりました。ただ杜氏がずっといるということは、私の気遣いが半年から年中に増えはしましたが・・・・酒造期間が延びた分、人件費も増えましたが・・・・・・・・仕方ない・・・・・・・・。
杜氏が年間雇用になるということは、千葉で続けてきた農業をやめるということです。となりますと、不老泉銘柄の中で独特の旨味で着実に居場所を作ってきた、杜氏自ら栽培した酒造好適米の「総の舞(ふさのまい)」でのお酒を造ることも5BYを最後に造りを終了することになりました。
杜氏は、「10年間わがままを聞いてもらった」「自分で作ったお米を自分でお酒にしたいという夢を叶えてもらった」と言ってはいましたが、せっかくここまでやってきたことを自分自身で終わらせるというのは、やっぱり残念で寂しいことではないかと思います。
仕込み水にも、予期せぬ変化が?

弊社の位置するところは安曇川の扇状地で、名水が自噴する「かばた」という仕組みで知られる地域です。地下水が豊富な土地柄ですが、鉄分の出る井戸が多く*、鉄分のない清水の水脈はあまりないと思われます。
弊社は幸い清水の水脈に位置しているようで、敷地内には鉄分のない地下水井戸が3か所あります。そのうちの2か所は必要な時だけポンプアップして洗米、洗瓶、冷房などに使用しております。残り1か所はポンプアップなしでも自噴しており、仕込用水や生活用水として使用している地下水です。
*注:日本酒造りに使われる水に鉄分が含まれていると、お酒に赤褐色の着色が起きたり、香味を損なう(鉄臭)原因となるため、醸造用水の鉄分含有量は厳しい基準が設けられている。
我々蔵元にとって、水は米と並んで大切なものです。山根前杜氏が弊社に来て、初めてこの水を見た時に「この蔵は山廃が合っているんじゃないか」と言ったのが弊社の山廃仕込の始まりでした。
ところが、一昨年に近くの川の堤防の改修工事が県によって行われ、その時期と同じくして、自噴井戸の水量が半分以下に減ってしまったのです。
ポンプアップしている井戸はまだ水は出ましたが、数日後その井戸にも異物が混じりだしました。幸い鉄ではなかったので助かりましたが、それ以降は洗瓶などをするときはフィルターを設置せざるを得なくなりました。
また、自噴井戸を仕込水として確保するために、それ以外の目的に使用するもののほとんどを、ポンプアップしている井戸や水道水に切り替える必要が出てきました。ただ、飲料水は長年この自噴井戸を使っておりますので何とかそのままにしようとしました。
幸い、水質には影響はなかったので良かったのですが、作業効率が悪くなってしまいました。そこで、既存の井戸の管の点検、清掃をしたところ、多少地下水は多くなったのですが、まだまだ足らないので新たに井戸を掘ることになりました。

約20メートル掘ったところ地下水は出たのですが、残念ながら鉄分が出てしまい、これを使用するのは無理だからと埋め戻すことになりました。既存の清水の井戸からわずか3メートル離れた場所でしたので、大丈夫だろうと思っていたところにこれでしたから、結構落ち込みました。これから先も新たな井戸を掘る必要があるのですが、酒造期に入るタイミングとなってしまったため、この課題は先送りとなりました。
これらのことを堤防の改修工事をした県に訴え、工事記録などを提出してもらったところ、明らかな事前の調査不足が判明しました。しかし、その後の県の対応はとても納得のいくものとは言えませんでした。時間ばかりが奪われ、うやむやにされてしまったところもあり、本当に悔しい限りです。
現在、各地でさまざまな工事計画がされている中で、同様の被害を受ける蔵元さまが出てこないことを願うばかりです。
さまざまな変化のなかで、今年のお酒の出来栄えは!?
昨年の初吞み切りでは、多くのお客さんから「今年のお酒は軽くなった」という意見をいただきました。その指摘をうけ、今年はしっかりと味を出し、それをやや高めのアルコール度数でしっかりと受け止めることで、お酒の味わいの強さを出すことを目標としました。しかし夏から秋にかけての猛暑の影響で、米が例年以上に硬く、2024年内に仕込んだお酒(速醸)は味を出すことに大変苦労をしました。
年明けからはじまった山廃の仕込以降は精米工程から工夫し、吸水や蒸し時間にも例年とは違った方法を採用したことで、いい感じのお酒ができている感触があります。今年の初吞み切りで味をみるのが楽しみです。山廃の6BYのお酒は初吞み切りを過ぎた9月頃から生酒の出荷をはじめる予定です(火入れ酒は、もう少し後になるかもしれません)。今年のお酒もご期待ください。
【酒蔵だより:上原酒造】
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