気温が低い冬季に醸造する「寒造り」に対し、年間を通して酒造りをすることは「四季醸造」と呼ばれます。近代的な冷蔵設備の登場によって可能になったこの方法を採用する酒蔵が徐々に増えてきました。
今回の酒蔵だよりでは、四季醸造で酒造りをおこなっている京都府・松井酒造の蔵元である十五代目 松井治右衛門さんに、四季醸造を始めた理由や苦労、メリットについて綴っていただきました。
四季醸造という選択
酒造りは寒造りが基本です。米は秋に収穫されたものを精米して仕込みに使います。外気温に近い温度の水で米を洗い、低温環境で発酵を促し、春先に新酒を出荷するというのが酒蔵の基本的なありようです。現在でもそのようなスケジュールで仕込みをする酒蔵が多いのではないでしょうか。
伝統的には、夏場に農林業に従事している人々が、冬場、雪深くなり作業ができない時期に酒蔵にやってきて酒造りに従事していました(杜氏集団と呼ばれます)。冬は気温が低いので発酵が急ぎませんし、雑菌の活動も抑制されるので、寒造りは理に適った方法といえるでしょう。夏場には設備のメンテナンスを行うこともできます。
ところが最近は、三季醸造、四季醸造といわれるように、一年のうち、ほとんどの時期を製造に充てる酒蔵も出てきています。私達、松井酒造もそうした四季醸造蔵のひとつです。16年前に復活した当初は冬場だけの仕込みをおこなっていましたが、徐々に二季、三季と醸造期間が延び、今は完全に四季醸造に切り替わっています。
理由は、お酒を造り続けないと十分な生産量を賄えないからです。小さな設備しかない小規模の酒蔵の場合、寒い時期だけの製造では生産量が少なくなってしまいます。そのため、冬以外の季節も製造を続ける必要があります。
酒蔵として復活する前から、いずれは四季醸造に移行しなければならないだろうと予測していました。夏の暑い時期に麹をつくっておいて、それを冷凍させて冬場の仕込みに使えないか。そうすれば、夏の暑さを利用して麹を育てられるし電力の消費を抑えられるのではないかなど、いろいろと思案を巡らせました。結局は仕込みのタイミングや衛生面の問題から断念することになるのですが、当時は本格的に四季醸造をしている酒蔵は多くなかったので、自分たちで考えて行動に移すしかありませんでした。
四季醸造ならではの悩み

京都の夏は過酷な暑さです。そんな中で日本酒を造るのは至難の業といえます。日本酒は麹や酵母といった微生物の力を借りて醸すものです。そこでは衛生管理と温度管理が品質に直結します。冬場は雑菌の行動が抑制されやすいわけですが、夏場はそうではありません。蔵の掃除をより一層しっかりとおこなわなければなりませんし、温度管理についても空調を利用しながら進めていく必要があります。
当社の発酵タンクは、タンクの周りに冷水が回るように設計されています。温度は0.1℃刻みでの調整が可能です。また、貯蔵用タンクにはブライン液(飽和食塩水)といわれる不凍液が回っており、一年を通じてマイナス5℃で生酒を貯蔵できる設備になっています。16年前は先端設備でしたが、今はこうした設備を導入する酒蔵も増えてきたように思います。
酛立てや上槽のタイミングでは蔵の中の温度をグッと下げますので、外が40℃近いときにはかなりの電力を消費することになります。電気を使いすぎると注意のアラームが鳴るので、人間が冷房を我慢して、蔵の中の温度を下げるために冷房を使うような毎日です。それでもかなりの電力を消費しますので、当社では2009年の酒蔵復活の時から醸造用電力の一部を太陽光発電で賄っています。現在のところ、一年を通じて平均6割ほどは太陽光発電による電力を使用しながら酒造りをおこないます。
四季醸造ならではの問題として、原料米の問題があります。酒造年度は7月1日から翌年6月末日までの1年間なのに対し、米穀年度は11月1日から翌年10月末日までとなっており、そこに4カ月の差が生じるのです。お酒のできる日というのは上槽日にあたるので、7月から11月頃までにできる新酒の中には、早稲の品種を除くと前年度の米を使った新酒もあるということになります。
米は乾燥穀物ですので、適切に管理されていれば、この程度の保存は全く問題ない(むしろ調湿されることにより水分量が安定し、醸造に資することもある)のですが、三季醸造、四季醸造の酒蔵が増えつつある昨今、酒造年度は米穀年度に合わせても良いのではないかと個人的には思っています。
これからも季節感のある酒造りを

十分な製造能力があり、寒造りができるのであればそれがベストなのかもしれませんが、四季醸造にもメリットがあります。
一つ目は蔵人を通年雇用できるということです。従来の方法ですと、冬場のみの季節労働者として蔵人を採用することになります。夏場に本業がある場合はそれでも良いのかもしれませんが、最近の働き方としては、やはり正社員として通年雇用した方が生活は安定します。また、冬とは異なる条件で酒造りを行うことで、醸造に対する理解が深まるようにも感じています。
二つ目は常にフレッシュな日本酒が出てくることです。逆に言うと熟成タイプに回すお酒が少なくなるので、小規模蔵のデメリットとも言えるのですが、短所は長所に変えられます。夏でも搾りたてのお酒が出来ることは、四季醸造蔵のメリットといえるでしょう。いずれ十分な生産量を確保できた暁には、熟成酒にも取り組みたいと思います。
四季醸造の蔵として、当社が特に気を付けていることは温度管理、衛生管理以外にもうひとつあります。それは季節感を失わないということです。
日本酒は日本の気候風土に合わせて醸されてきました。秋に収穫した米を原料にして春先に新酒を搾り、ひと夏を超えることで熟成し、秋に飲み頃を迎える。新酒ができたタイミングで蔵の前には杉玉を吊るし、新酒ができたことをお客様にお知らせします。
私たちは四季醸造の酒蔵ですが、季節感を表現したお酒の製造にも力を注いでいます。気候の変化もあり、かつての酒造りとは変わりつつある部分も多いのですが、季節感は日本酒の魅力のひとつでもあるので、忘れないようにしたいと思っています。
【酒蔵だより:松井酒造】
- 2023年8月:「中学生の職業体験を受け入れて」
- 2023年10月:「京都から世界へ。観光都市の酒蔵として思うこと」
- 2023年11月:「ゲームやアニメと日本酒のコラボ可能性」
- 2024年1月:「ジン&ラム参入で、日本酒とシナジーを生み出す」
- 2024年3月:「『これからの1000年を紡ぐ企業』として、酒造りの伝統と未来を考える
- 2024年8月:「年30回参加!日本酒イベントの醍醐味とは」
- 2024年11月:「海外出張でみえた日本酒の現在」
- 2025年1月:「「神蔵」のデザインに込めた想いと工夫」
- 2025年4月:「無形文化財登録後に見えた意識の変化」
- 2025年7月:「理想を追求して生まれた美しいスパークリング清酒」
- 2025年10月:「寒造りから四季醸造へ。変わりゆく環境と変わらない想い」