【セミナーレポート】『剣菱×⾵の森 ⽇本酒の多様性や魅⼒を再発⾒』 - 関西が誇る保守と革新の味

両蔵元と両酒蔵のロゴ

関西の銘醸地・灘で、「止まった時計でいろ」を家訓とし、江戸時代から続く伝統技法、味わいを忠実に守り抜く剣菱酒造。

日本清酒発祥の地・奈良で、室町時代の寺院での酒造りを再現する「水端」、現代の醸造技術を活かす「風の森」のように、古典と前衛の両面で革新的な酒造りをする油長酒造

全く異なるタイプのお酒を醸す二つの酒蔵が顔を合わせ、「歴史」をテーマに日本酒の多様性や魅力を語ったとき、一体何が見えてくるのでしょうか。

2024年3月14日に開催されたセミナー「剣菱×⾵の森 ⽇本酒の多様性や魅⼒を再発⾒」の様子を、SAKE Street Media編集部がレポートします。

目次

セミナーの概要

東京都港区赤坂のIsaI AkasakAにて、「日本酒の歴史を掘り下げ、その多様性や魅力を再発見」というテーマで開催された本セミナー。受付では、両蔵それぞれのパンフレット、油長酒造「風の森」のピンバッジと書籍をいただきました。

両蔵それぞれのパンフレット、油長酒造「風の森」のピンバッジと書籍

司会進行は、旅するフリーアナウンサー・酒サムライのあおい有紀さん。

旅するフリーアナウンサー・酒サムライのあおい有紀さん
あおい有紀さん

実は本セミナー、あおい有紀さんと油長酒造蔵元の山本さんが「関西のお酒の魅力を伝える会を開きたい」と話していた際、山本さんが「剣菱酒造蔵元の白樫さんと組んで、イベントをやりたい!」とラブコールを送り、それに白樫さんが「山本さんのことが好きだから、一緒にやろう!」が応えるかたちで実現したのだそう。

セミナー会場の様子

参加者は、日本酒関係者など約50名。満員御礼の会場に溢れる熱気から、両蔵への注目度の高さが伺えます。

「清酒発祥の地・奈良」の誇り - 油長酒造・山本長兵衛さん

先にセミナーを担当したのは、油長酒造蔵元の山本長兵衛さん。

油長酒造蔵元・山本長兵衛さん
油長酒造蔵元・山本長兵衛さん

「歴史に焦点を当てたセミナー」ということで、日本酒の歴史とお寺の関係性や、昔の醸造技術、今年から稼働開始する「葛城山麓醸造所」の取り組みなどをお話ししてくれました。

特に、今年新たに醸造を始める葛城山麓醸造所については、

「新しい醸造所で作るお酒は、近辺の村で採れたお米のみを使用します。また、お米を農家から直接買うのではなく、間に酒屋を挟むことで、『お米を高く買うチャレンジ』をスタートしました。農家にお金がより入るよう工夫することで、農業の持続性を高め、高齢化や後継ぎ問題などの解決に繋がればと思っています。また、お米の売買に関わってくれる酒屋さんには、限定タンク仕込みを提供するなどのリターンを行う予定です」

と、地元農家への想いを具現化する取り組みを熱く語りました。

「止まった時計」でいろ - 剣菱酒造・白樫政孝さん

続いて、剣菱酒造蔵元の白樫政孝さんによるセミナー。

剣菱酒造蔵元・白樫政孝さん
剣菱酒造蔵元・白樫政孝さん

商業としての酒造り発展の歴史や、農業法人の立ち上げ、伝統的酒造り道具の製造など、剣菱酒造の発展的な取り組みついて、ユーモラスに話してくれる白樫さん。

特に、農業に関しては、白樫さんも熱い想いがあるようで、剣菱酒造が農業法人を立ち上げたことについて、

「農家さんが後継者不足で減ってきているんですが、やめられてしまうと、地元の自然環境が変わってしまうし、米も手に入りづらくなる。そこで、我々が農業を始めれば環境を守ることもできる上に、良い米が安定して手に入るし、辞めたい農家さんは後腐れなく辞めることができる。Win-Winになるということで、農業法人をはじめました」

と、油長酒造とは異なるアプローチで、農業の存続に注力していることが伺えました。

関西の両雄が本気で語り合う! - 蔵元対談

それぞれのセミナーが終わると、蔵元お二人による対談がスタート。

両蔵元

現代において失われつつある昔の醸造技術や、農業・ストーリー性・高付加価値化など、日本酒の「これから」について、それぞれの考えや経験を熱く語り合うお二人。

特に「日本酒の高付加価値化」については大いに盛り上がり、

白樫さん
「日本酒が『特別なもの』ばかりになってしまうと、日本酒業界そのものが衰退してしまうのではと思っています。高いお酒だけじゃなく、みんなが手に取りやすいお酒も出して日常文化として根付かせる。この両方が必要なんだと思います」

山本さん
「非常に同感です。『風の森』売上日本一の酒屋さんって、人口2万5000人の地元・奈良県御所市にあるんですけど、そのお店で売れているお酒って、四合瓶4000円とかのものではなく、1500円あたりの日常に寄り添うタイプのものなんですよね。

地元に日常で愛していただけたからこそ、いろいろ挑戦できているわけなので、日常文化に日本酒がある大切さを忘れてはいけないと思っています」

と、両蔵元とも、日本酒が日常生活に根付く重要性への認識を話してくれました。

懇親会 - 古典と前衛の日本酒を、五味と共に味わい尽くそう!

対談が終わると、懇親会がスタート。両酒蔵の日本酒と軽食を立食形式で楽しめました。

サーブスペースの様子
両蔵元が、直接お酒を提供してくれる
「風の森 “風の森列車でいこう!」、「風の森 秋津穂 507」、「水端 1568」

油長酒造から提供されたのは、こちらの3本。


特に、文献「多門院日記」にある醸造法を再現した「水端 1568」は、濃密で甘酸っぱくほろ苦い独特な味わいで、インパクト抜群です。

「瑞祥黒松剣菱」、「瑞穂黒松剣菱」、「黒松剣菱」

剣菱酒造から提供されたのは、こちらの3本。


  • ・瑞祥黒松剣菱
  • ・瑞穂黒松剣菱
  • ・黒松剣菱

持ち込みの「かんすけ」でお燗も提供してくれた上に、ロゴ入りのお猪口をもらえました。

剣菱ロゴ入りのお猪口
ロゴ入りお猪口は、なんぼあっても良いですからね!

また、会場で提供された、港区赤坂「MARIO」さんの料理は、「甘味、酸味、旨味、塩味、苦味」の五味それぞれをテーマに創作されており、どれを食べても味わいが全く違うのが非常に楽しく、両蔵のお酒と一緒にいただくと、もうたまらないおいしさでした。

軽食の様子
立食コーナーでは、料理と日本酒のペアリングを真剣に考える参加者さんも

まとめ

3つの家訓、「止まった時計でいろ」、「お客さまからいただいた資金は、お客さまのお口にお返ししよう」、「一般のお客さまが少し背伸びしたら手の届く価格までにしろ」を遵守するため、農業法人の立ち上げや伝統的酒造道具の製作などに着手する、剣菱酒造の革新的な側面。

革新的な味を創造しながら、「清酒発祥の地・奈良」としての歴史文化、地元農家や環境を守るための体制整備に挑戦する、油長酒造の保守の側面。

2つの酒蔵が目指すお酒の方向性は全く異なりますが、失われつつある古典の醸造技術や農業へのリスペクト、酒蔵経営全体における保守と革新のバランスなど、共通点を感じた学びの多いセミナーでした。


【風の森】油長酒造(奈良県)のお酒はコチラ

榎本康太

榎本 康太

SAKE Streetメディアインターン生

酒づくりと地域づくりを研究しながら、「研究資料」と称して日々酒を飲む大学院生。編集長である二戸さんのもと、インターン生として記事の入稿や企画などに関わっています。同人サークル「一本歯下駄は今日も行く」としてコミケに出展し日本酒レビュー本を頒布しています。