大阪市中央区の、とあるビル。一見すると普通のオフィスビルですが、その2階に足を踏み入れると、そこはまるで異空間です。映画館のようなエントランスに、オフィスの一角にはすべり台や卓球台、バーカウンターまで。ここは「世界一変わった会社を創る」というビジョンを掲げるブランディング企業、トゥモローゲートの本社オフィスです。
昨年3月、このユニークな企業は同オフィスの3階に、「THE SHOWROOM」をオープンしました。中小企業の商品PRを無償で支援する新しい形の空間で、専属シェフが腕を振るうキッチンを併設しています。
今回はこのユニークな場所で2025年2月4日に開催された、滋賀県のクラフトサケ醸造所「ハッピー太郎醸造所」とのコラボレーションイベントを取材しました。
THE SHOWROOM:オモシロイを形にするオフィス兼ショールーム

「ふつうに事務所をつくってもおもしろくない。ほかにはない空間にしたい」。トゥモローゲート株式会社 代表取締役の西崎康平さんは、オフィスが入っているビルの3階フロアが空いたとき、「ショールーム 兼 オフィス 兼 社員食堂」という新しい空間を構想しました。
SNS上では「ブラックな社長」として知られる西崎さん率いるトゥモローゲートは、独自の企業文化とブランディング戦略で注目を集めています。ビジョンとして掲げるのは「世界一変わった会社で、世界一変わった社員と、世界一変わった仕事を創る。」こと。社員は自分の夢を追いかけながら会社のビジョンに貢献することが奨励されており、個性豊かな社員が経営理念設計、ブランドデザイン、オフィスブランディング、そしてキッチンサービスなど多種多様なプロジェクトで成果を上げています。
「THE SHOWROOM」の最大の特徴は、商品PRの仕組みです。「企業様から商品を無償提供いただき、その商品を展示したり、SNSで発信したりすることで認知度を高める。家具、食材、グリーンなど、実際に使われている商品全てがショールームの展示物なんです」と西崎さんは話します。

トゥモローゲート代表取締役の西崎さん(右)
トゥモローゲートのオフィスには、イベントや商談で日々たくさんの経営者が訪れます。その機会を利用して商品に直接触れてもらい、その魅力を直接、経営者にアピールできる仕組みです。各社員のアカウントを含め、会社全体のSNS総フォロワー数68万人以上という発信力も、商品PRに活用されています。
そして、専属シェフ・山吹心之助さんの存在もまた、「THE SHOWROOM」のオモシロイポイントです。

トゥモローゲート専属シェフの山吹さん
社員のSNS投稿に山吹シェフがコメントしたことがきっかけとなり、トゥモローゲートに入社。当初は社員食堂の担当として入社しましたが、そこから「日本一オモシロイ社員食堂をつくろう」という構想を膨らませ、食を通じた生産者支援という新しい形へ進化させました。現在は「THE SHOWROOM」で生産者から直接仕入れた食材を使った料理を提供しながら、SNSでその魅力を発信する「食のブランディング」の担い手として活躍しています。
ハッピー太郎醸造所:自然の恵みを発酵でつなぐ

ハッピー太郎醸造所の池島さん
今回、このユニークな空間でコラボレーションイベントを行ったのが、滋賀県長浜市の「ハッピー太郎醸造所」です。きつねのラベルのクラフトサケで知られる同醸造所は、地域の発酵文化を未来につなぐ拠点として注目を集めています。
醸造所を率いる「ハッピー太郎」こと池島幸太郎さんは、滋賀県大津市育ち。3軒の酒蔵で計12年の修行を重ねました。他、島根での有機農業、大阪での日本酒専門店勤務を経て、「農家から加工、消費者までの点が現実は断絶している」という課題に気づいたといいます。
2017年、「顔の見える発酵食品で、つながりを取り戻そう」という想いを胸に彦根市で開業。主に麹屋として地元の需要に応えながら、味噌づくり教室など消費者に発酵文化を伝える活動を展開してきました。2021年、長浜市の商業文化施設「湖のスコーレ」プロジェクトに誘われて、拠点を移すとともに、長年の夢だった「どぶろく醸造」に挑戦することを決意。醸造免許を取得し、麹屋ならではの新しい挑戦をスタートさせました。

「発酵で美しい風景を遺したい」。そんな想いを込めて造られる同醸造所のどぶろくは、麹屋ならではの完熟米麹を使用し、丁寧に醸されています。長浜市内の農家・SHIBATA GROUND MUSICの「ありがとう米」など美しい農法で育てられたお米、醸造所の地下水、クエン酸糀を使用した無添加製法など、素材と技術へのこだわりが随所に光り、お茶や薬草を使ったクリエイティブな商品展開やラベルデザインでも注目を集めています。
初の実食イベントにクラフトサケが登場した理由とは
「THE SHOWROOM」で実食イベントが開催されるのは、今回が初めてのこと。この場にハッピー太郎醸造所が登場したのは、山吹シェフの提案によるものでした。
「ハッピー太郎醸造所さんとは、ここで無償展示の募集をはじめた頃からお付き合いがあるんです。記念に第1回のイベントをやろうと社内で話し合ったときに『やっぱり、一番お世話になっているハッピー太郎さんと一緒にやりたい』と真っ先に名前を挙げました。クラフトサケという新しいジャンルの認知を、これから広げていく手伝いがしたいという思いもありましたね」(山吹シェフ)
もともとトゥモローゲートの発信内容に共感する1人だった池島さんも、「THE SHOWROOM」をきっかけに、その想いを一層強くしたといいます。
「実は前から西崎さんやトゥモローゲートの社員さんの発信を見ていて、社内の前向きに挑戦することを推奨されている様子や、一方で結果を出すことにシビアな幹部の姿勢が垣間見えて、とても影響を受けていたんです。そのことは、『事業を成長させていきたい』と思った一つの理由にもなっています。僕はもともと一人で醸造所を立ち上げましたが、トゥモローゲートさんのように、地方でも生き甲斐をもって楽しく頑張れるチームを作って、世界で戦えるクオリティの仕事をしたいと考えるようになりました。
そんな企業から、『場所を使ってみないか』『イベントを一緒にやらないか』と言ってもらえるのは、ありがたいことですね」
今回のイベントでは、長浜の地で生まれたクラフトどぶろくと、山吹シェフによる琵琶湖の食材を使った料理のペアリングを提案。「醗酵でつなぐ、しあわせ」という醸造所のコンセプトのもと、滋賀の食文化の魅力を新たな形で伝える内容となりました。
「クラフトサケ×滋賀の食材」五感で地域を味わうペアリング
いよいよペアリングイベントがはじまり、集まったメディア関係者を迎えたのは、やわらかな光の差し込む開放的な空間。4つのクラフトサケがサーブされるとともに、池島さんからクラフトサケの解説がありました。
「クラフトサケは、日本酒をベースに新しい要素を取り入れることで、これまでにない味わいを目指すものです。何より大切にしているのは、素材の個性を活かすこと。今日は滋賀の食材との組み合わせで、その魅力を感じていただければ」

最初に供されたのは、ホップを使ったどぶろく「something happy うきうきホップ」と、琵琶湖の宝石とも呼ばれるビワマスのセルクル。

ホップ由来のシトラスフレーバーとお米由来の甘み。その唯一無二の組み合わせが、ハーブの爽やかさとともに、ビワマスの上質な脂を包み込むようにぴったり寄り添います。
続いては、煎茶をもろみに漬け込んで造られたどぶろく「something happy 政所の茶縁」と、琵琶湖産わかさぎの煎茶天ぷらのペアリング。

どぶろくに使用される煎茶は「滋茶園」のもの。無農薬・無施肥、実生の茶畑が600年にわたって守り継がれてきた政所エリアで、現役医師でありながら茶園を引き継いだ佐藤滋高さんが丁寧に育てています。

滋茶園の佐藤さん(左)
「集落単位でこの製法を守り続けているのは、全国でも政所だけなんです」と佐藤さん。わかさぎの滋味深い風味にお茶の香り高い余韻が重なり、目を閉じると琵琶湖の原風景が目に浮かぶようなペアリングでした。

コースの中では「滋茶園」のお茶も提供。一口ごとに素材の旨味が重なっていくような不思議な美味しさがありました
3品目は「ハッピーどぶろく 穂の恵み」と、琵琶湖・沖島の郷土料理「ジョキ」をオマージュしたニゴロブナのマリネ。

ソースには池島さん自身が仕込んだ白味噌が使われていますが、その麹はどぶろくの麹と同じもの。どっしりと大地の旨味を感じるどぶろくと酸味のシャープなマリネ、鮮やかなコントラストを素材の共通点が貫いていました。
そしてコースの最後を飾ったのは、「something happy MAROUのカカオ」と甘酒チーズケーキ。「something happy MAROUのカカオ」は、池島さんが主催する発酵教室に参加したカカオ豆インポーターとの出会いから生まれたもので、チョコレートフレーバーを持つユニークなどぶろくです。

カカオの深い風味と乳酸系の爽やかな酸味が、甘酒チーズケーキの食感と好相性。そしてケーキに添えられた、軽く焦がしたはっさくの苦みが見事に全体をまとめ上げ、驚きのある締めくくりとなりました。
地元食材をふんだんに使い、ハッピー太郎醸造所の哲学を見事に表現したペアリングコースに、池島さんも「こんなに素晴らしいペアリングになるなんて、予想以上でした」と感激の様子。「THE SHOWROOM」の空間で、生産者の想いとそれを形にした山吹シェフの技が、池島さんの醸すクラフトサケと溶け合いながら、滋賀の食文化の新たな可能性を示していました。

出会いが価値を広め、文化をつないでゆく

「THE SHOWROOM」はすでに約15社の企業に活用され、とあるポップアップイベントでは1日で約1,100万円の売り上げを記録するなど、想定以上の反響も生まれています。
「ここでの出会いを通じて、自社のクラフトサケだけでなく、琵琶湖の魚や政所のお茶のような地域食材の魅力を知ってもらい、文化として継続できるように」と、ハッピー太郎醸造所の池島さん。トゥモローゲートの西崎さんは、「これからもオモシロイ発想で、価値ある商品の存在を多くの人に伝えていけたら」と期待を寄せます。
2社の出会いは、クラフトサケという新しいカテゴリーの可能性を広げるとともに、中小企業のブランディングの新たな形、そして地域文化の明るい未来も示唆しているように思えました。この実験的な場から、今後どんな化学反応が生まれていくのか。これからの展開が注目されます。