白黒のモダンな暖簾に、コンクリートと木材を組み合わせたスタイリッシュな内装。都営大江戸線・蔵前駅の北側出口からほど近い「黒猫庵」は、ひと言で表すと「牡蠣とお酒を愉しむ蕎麦屋」。ワインバーのようなおしゃれな雰囲気の中、全国の生産者から仕入れた牡蠣を蕎麦前に、日毎に異なる日本酒などのお酒を楽しめるお店です。

店主の長谷川僚さん(左)と、妻の美幸さん(右)
店主の長谷川僚さんは、かつて飲食店の空間デザインに携わる中で、知人のお店のスタッフ不足をまかなうために現場に入ったのをきっかけに、「自分のお店を持ちたい」と考えるようになりました。
蔵前に見つけた物件を改装し、2023年5月に「黒猫庵」をオープン。当初はお酒をゆっくり愉しむ十割蕎麦屋でしたが、居抜き物件のため厨房スペースが小さく、限られたスペースで準備できるメニューを考えたところでたどり着いたのが牡蠣でした。
目を見張るのは、その豊富なラインナップです。この日は、関西から九州まで、9種類の牡蠣がメニューに並んでいました。
「はじめは豊洲市場を経由していましたが、だんだんネットワークが広がり、いまは全国の生産者から直接仕入れています。品ぞろえが多いため、牡蠣好きのお客様がたくさん来店してくれるようになり、人気メニューへ成長しました」

この日、おすすめをオーダーして登場したのは、長崎産「華漣(かれん)」、兵庫産「サーディンビーチ」、大分産「大入島オイスター」の3種類。華漣はコリコリとした食感が楽しく、サーディンビーチは甘みと旨みたっぷり。大入島オイスターは磯の香りがしながらも一切の嫌味がない、絶妙なバランスの逸品です。
「牡蠣に合うと好評すぎて、あっという間に売り切れそうになった」と言いながら出してくれたのは、京都府・白杉酒造の「Shirakiku ハルヒ 恋の華 無濾過生原酒」。あるお客さんは、「牡蠣と一体化する瞬間がある」と絶賛したといいますが、牡蠣に振りかけたレモンの酸味とくっついたあと、旨味が重なり、お酒の甘味にやわらかく包み込まれるような、重層的なペアリングが体験できます。

京都府・白杉酒造「Shirakiku ハルヒ 恋の華 無濾過生原酒」
日本酒はSAKE Streetを含めた都内の数店舗を中心に、お酒によって地方の酒販店から取り寄せることもあるそう。サケストは、他店にはない銘柄も扱っているからと、お店を始める前からオンラインストアを利用していたのだとか。
「角打ちがあるので、試飲しながらお酒を選べるところが良いですね。私はこだわりが強いタイプで、一度選んだものの中から、さらにお店に合うものを厳選するようにしているんですが、本田(ぽん)店長は当店のメニューにも詳しく、ペアリングの提案も信頼しておまかせすることができます」
長谷川さん曰く、「サケストの日本酒は、女性ウケの良いものが多い」とのこと。生牡蠣を求めて黒猫庵に来るお客さんの半数以上は女性で、そんな客層との親和性が高いと話します。

日本酒は常に12〜13種類ほどあり、売り切れたものから入れ替わっていきます。そのほかのドリンクにも思い入れは強く、蕎麦粉つながりで知り合ったガレット屋の店主から紹介してもらったシードルや、生牡蠣とぴったりのスコッチウイスキー、お酒を飲まない人向けのハーブティーなど、全方位のニーズに応える品ぞろえを誇ります。
種類が豊富なのは、牡蠣やお酒だけではありません。メインの蕎麦も、日毎に異なる産地から原料を仕入れ、店頭の石臼でそば粉を挽き、手打ちしています。「産地別2種食べ比べ」というメニューもあるように、牡蠣だけでなく、蕎麦の食べ比べも推奨しているほどです。
「2011年に東日本大震災が起きるまで、コーヒーのロースタリーをやっていたんですが、産地ごとの豆の違いを飲み比べるのが楽しかったので、牡蠣や蕎麦も多様性を見せるようにしています。地域によって、碾(ひ)き方も打ち方も変わりますし、出来上がりも全然違うんですよ。これまで、50カ所ほどの産地の蕎麦を扱ってきました」
蕎麦も蕎麦屋をはじめとしたネットワークを築き、全国の生産者とつながっているという長谷川さん。「たくさんの人とつながって、いろいろな叡智を集結させて、そこから自分好みのものを作っていく」というスタイルで、お店を進化させてきました。
この日いただいた十割せいろは、千葉県成田の農家・上野さんが育てた蕎麦の実を採用。「土づくりに情熱を持ち、有機農法で次世代につなぐ農業をおこなっている」というストーリーにお味への期待が高まります。

美しい細切りの蕎麦をつゆに浸してつるりといただくと、口いっぱいに香ばしい香りが広がります。蕎麦つゆは江戸下町らしい辛汁(塩味の濃いつゆ)。先端だけつけて蕎麦の香りを存分に楽しむもよし、つゆをたっぷりつけて思い切りすするもよし。蕎麦に馴染む優しい甘味がありつつ、キレもよい「福司 普通酒」(北海道・福司酒造)をちびちび舐めながらいただきます。
蕎麦はせいろのほか、「ピーマンせいろ」などの変わり種や、「海苔も美味しい玉とじそば」などの温かいメニューもそろいます。毎日異なる産地の蕎麦をさまざまなアレンジで食べられるとあって、足繁く通う蕎麦通も少なくありません。
牡蠣とお酒と蕎麦という、ありそうでなかった組み合わせにより、オープンから2年ながらも唯一無二の存在感を放つ黒猫庵。どれかひとつでも興味があれば、ぜひ訪問を。きっと新しい扉が開かれるはずです。
店舗情報

黒猫庵
所在地:東京都台東区蔵前3-6-8
電話番号:03-5809-2326
営業時間:火〜土曜 18:00〜24:00
定休日:日曜・月曜
Instagram
Shirakiku ハルヒ 恋の華
牡蠣と合わせていただいた日本酒。
香りはとても特徴的で、ソーヴィニヨン・ブランを使用した白ワインを思わせるような果実香や青々しいハーブ感、ライチのような瑞々しい香り。ほのかにオイリーなニュアンスも伴います。
口に含むとほのかにちりりとした発泡感!しゃきっとした果実味と可憐な甘味のアタック。ほのかラムネのような甘旨味の余韻に、レモン系の柑橘感も寄り添い甘酸っぱいテイストも楽しめます。
清涼感のある味わいをお楽しみいただくためにも、きりっと冷やしてお召し上がりください。
【シリーズ:サケスト酒が飲める店】
第1回:「〼kuramae」(蔵前)
第2回:「ぽんしゅビルヂング」(門前仲町)
第3回:「日本酒バー へなちょこ」(西荻窪)
第4回:「きんぼし」(秋葉原)
第5回:「粋酔処 楽縁」(東大前)
第6回:「食べ呑み処 あぐまる」(浅草)
第7回:「都橋おでん 久」(野毛)
第8回:「さかなや なかにし」(板橋)
第9回:「和食日和 おさけと」(日本橋)
第10回:「ふくの鳥」(神田)
第11回:「黒猫庵」(蔵前)