世界的な日本酒の評価の高まりとともに、高価格帯市場が拡大している昨今。しかし、高級日本酒には、意外な落とし穴が隠されているといます。
「日本酒は、どれだけ原料や造りにこだわっていても、ボトルやキャップが安価なものと同じというケースがしばしばあります。ヨーロッパのワイン愛好家からは、『100ユーロを払ったのになぜキャップが安っぽいんだ』とガッカリされてしまいます」
そう教えてくれたのは、日本酒やワインのキャップを製造しているきた産業の喜多常夫社長。今回は、そんな名脇役である日本酒の「キャップ」に関するイベントが、話題の「EXPO 2025 大阪・関西万博」で開催されました。
この記事では、きた産業が主催したチェコのキャップメーカー・Vinolok(ヴィノロック)のイベントの様子をレポートします。
ボヘミアングラスの伝統から生まれたワインキャップ

チェコパビリオン(EXPO 2025 大阪・関西万博)
2025年5月29日。EXPO 2025 大阪・関西万博内のチェコパビリオンにて、同国のガラスメーカーPRECIOSA(プレシオーサ)が擁するキャップブランド・Vinolokのイベントが開催されました。ホストを務めたのは大阪府にある日本酒のキャップメーカー・きた産業。750社もの酒蔵に対し、キャップや瓶、充填装置などを提供しています。
Vinolokは、通称「クリスタル・バレー」と呼ばれるガラスの名産地・チェコで生まれたガラス栓メーカー。純度の高さで世界に知られる「ボヘミアングラス」の伝統技術を活かし、ワインやスピリッツのボトルに使われるガラス製のキャップを開発しています。

きた産業・喜多常夫社長(左)とVinolokのCEO・Aleš Urbánekさん(右)
「ガラスの卓越性は中のお酒の香りや味、色に影響を及ぼさないこと。コルク栓が起こすブショネというオフフレーバーが発生する心配もなく、長期熟成に適しています。また、密閉性を高めるEVAのシールリングは、年間1.3mgしか酸素の関与をさせません。フタについた状態で一緒にガラスのリサイクルに出せるなど、サステナビリティにも対応しています」
見た目が美しく、デザイン性が高いガラスキャップは、それだけでお酒の価値を高めてくれるとして、ワインやウイスキーなどの高級酒に多く採用されており、これまで60カ国で5億5000万個が流通しているといいます。

Vinolokのガラスキャップ
日本酒の瓶にも適した20ミリ口径用のキャップも開発され、「今回の滞在中に『いまでや銀座』に立ち寄ったところ、弊社のガラス栓が使われている商品がたくさんありました」と笑顔の担当者。採用事例として、福井県・黒龍酒造の新ブランド「Eshikoto」や石川県・農口尚彦研究所、三重県・清水清三郎商店「作」などが紹介されました。現在、きた産業との共同開発により、日本酒製造の瓶燗の工程に対応した耐熱性のシールリングも開発中だといいます。
ガラスのフタだからこそ実現する、音とデザイン
イベントでは、Vinolokを採用している日本酒ブランドを代表して、富山県・株式会社白岩の「IWA5」のプレゼンテーションがおこなわれました。担当したのは、同社の設立者である元ドン・ペリニヨンの醸造最高責任者リシャール・ジェフロワ氏の通訳を手掛けるほか、蔵人として製造もおこなうマチユ・グラセさんです。

白岩酒造のマチユ・グラセさん
「IWA5の漆黒のボトルは、アップルウォッチなどで知られるプロダクトデザイナーのマーク・ニューソンがデザインを手掛けています。文字は書道家・木下真理子とアートディレクター・中島英樹のコラボレーションによって生み出され、ボトルの表面に3Dで刻まれています。

リシャール・ジェフロワは『世界をターゲットにした高級酒を造るのに、キャップが安価なお酒と同じではよくない』とキャップにもこだわり、Vinolokに辿り着きました。Vinolokのフタは、開栓するときにポン、という美しいガラスの音が鳴り響くのですが、ジェフロワは『お酒を飲む体験がこの音から始まる』と語っています」
続いて、デザイン会社・BULLET Inc.代表の小玉文(こだま・あや)さんが、Vinolokのキャップを用いたボトルデザインを紹介。小玉さんは過去に新潟県・今代司酒造の代表作「錦鯉」などのデザインを手掛けています。

BULLET Inc.代表の小玉文さん
「デザイナーとパッケージの革新を探求することを目的としたプロジェクト『Make a Mark』に日本代表として参加した際の作品『URBAN GEEKS TOKIO』では、ボトルの凹ませた部分に電子基盤を模したラベルを貼ることで、ボトルそのものを小型の機械のような物体として表現しました。

URBAN GEEKS TOKIO

Water Droplets
ベルギーのパッケージデザイン賞『Pentawards』で2024年にBronze awardを受賞した作品『Water Droplets』は、UVインクジェットプリンタで透明ニスを何度も刷り重ねることで、本物の水滴のような質感を表現しています。いずれもボトルからキャップに続くシルエットのラインの美しさがとても重要で、Vinolokを重宝しています」
チェコの技術が、日本酒の未来を彩る

会場には瓶メーカーや酒蔵などがゲストとして招待され、Vinolokのキャップを採用した日本酒やチェコワインのテイスティングのほか、チェコパビリオンのツアーなども実施され、お酒を通した日本とチェコの文化交流がおこなわれるひとときとなりました。
万博とは、世界中のモノとアイデアが集まる場所であり、これまでにファミリーレストランや電気自動車、動く歩道など、新しい技術や商品が誕生するきっかけの役割を果たしてきました。
プレゼンテーションの最後に、指で簡単に開栓できるガラスキャップと掛けて「The future opens with one click(ワンクリックで未来が開く)」と締め括ったVinolok。2025年の万博にて生まれたチェコのガラス、日本の日本酒という伝統技術の出会いが、新しい日本酒の未来へつながるのかもしれません。