京都に酒蔵を構える松井酒造は、2026年に創業300年という節目を迎えます。戦争や経済、消費の変化を受けて、多くの酒蔵が暖簾を下ろしていった時代に、松井酒造はどのようにその歴史を繋いできたのでしょうか。
今回の酒蔵だよりは、これまでの長い歴史を振り返りながら、今後100年で実現したいビジョンについて、蔵元である十五代目 松井治右衛門さんが綴ってくれました。
松井酒造300年の歴史

松井酒造は1726(享保11)年創業で、来年2026年が創業から300年目の節目の年になります。1726年というと、スウィフトがガリバー旅行記を出版した年なのだそうです。この300周年という記念すべき年に何か特別なことができないかと考えているのですが、日々の業務に追われ、今日現在何もできていません。そんなわけで、この便りを書きながら何をしようか考えたいと思います。
兵庫で唄われる井戸水の酒
松井酒造の歴史のはじまりは、1726年の兵庫県北部、香住という町にあります。当時、村が水飢饉に陥っており、初代松井治右衞門が井戸を掘ったところ、運よく飲用に適した水が出たそうです。その水で村が救われたという話があり、今も現地の盆踊りの歌で唄われています。その井戸水を使って酒造りを始めたというのが松井酒造のはじまりです。
洛中の酒蔵
その後、当蔵は江戸時代後期に京都に出てきました。当初は河原町竹屋町という場所で酒造りをしていたのですが、大正時代に入り市電が通るということで道路の拡幅工事が行われたことから、現在の左京区吉田に移転しています。
いわゆる旧京都市内のことを洛中と呼ぶ方もいらっしゃいます。狭義の意味では、京極地域から東側は洛中ではないことになるのでしょうが、もともとは洛中と呼ばれる場所でお酒造りをしていたという名残があり、我々の歴史を知ってくださっているお客様は今でも「洛中の酒蔵」と呼んでくださいます。私たちが所属する京都酒造組合も洛中の酒造りの灯を点し続けるということを目標にしています。
「神蔵」との出発
太平洋戦争中も酒造りは続いていましたが、タンクの中には金属製のものもあったようで、軍に収容されたそうです。一社の設備では製造に足りなかったのか、複数社が集まってお酒造りをしていたようで、その頃は大和酒造という名前で酒造りを継続していました。
昭和の後期に入り、近隣で地下鉄の工事が始まったことから井戸水が濁り、松井酒造の酒造りは一旦途絶えることになります。この時も同じ境遇の酒蔵が合同会社を作り、協力しながら清酒の製造を続けていました。その後、現会長(父)が松井酒造での自醸を目指し新たに井戸を掘り、良質の水が出たことから酒蔵として復活することができました。「神蔵」という銘柄はこの時に生まれています。私の蔵人としての人生も、この時から始まっています。
次の100年ですべきこと

2018年に父から代を譲り受け、15代目の松井治右衞門を名乗っています。私の代で300周年を迎えることはわかっていたので、覚悟を決めるための襲名でした。
300周年を迎えるにあたって考えたことは次の100年のことです。ありがたいことに酒蔵としては利益を出せているのですが、国内アルコール市場は縮小傾向です。いつこの下降線に乗ってしまうかわかりません。私が代表になってからの数年間ですらコロナ禍がありました。今は原料米の価格高騰に悩まされています。きっとこの先も問題山積の日本酒業界だろうと思います。
私がすべきことは難局を越え、次の世代にバトンを繋ぐことです。そのためには、「伝統産業が大変なので助けてください!」と叫ぶことより、子どもたちの世代に「日本酒業界はかっこいいな」と思ってもらえるようにすることが大切なのだと思います。今でも伝統産業に興味を持ってくれる若い世代の方々はいらっしゃいますが、再び盛り上げようとする場合には圧倒的に人手不足です。だから、「かっこいい、やってみたい、面白そう!」と思ってもらえる業界にしたいと思っています。
友情を育むSAKEを携えて

海外市場についても今後さらに重要性は増すものと考えています。売上に占める海外比率は年々増加しています。ただ、海外市場に重点を置くというよりは海外から国内市場を刺激することが大切だと考えています。対象国によってアプローチの仕方が異なり、一概には言えませんが、効果的なタイミングで渡航し販路を拡大したいと思います。
1726年はガリバー旅行記が出版された年だと冒頭で触れました。ガリバー旅行記は、ガリバーが世界を旅して小人の国や巨人の国、ラピュタと呼ばれる空に浮かぶ科学者の王国を旅するお話です。旅の中で現実世界に見られるさまざまな問題を風刺として描く冒険譚で、子どもが読んでも大人が読んでも面白い、18世紀文学の最高傑作と言われる作品です。
私は日本酒を携えて世界を旅しています。日本酒が世界に広がる中、現地の風を感じて得られる学びも多くあります。ガリバーは最後に人間不信に陥ってしまいますが、私には友情を育む日本酒があるので、その心配はなさそうです。これからの100年は日本酒が世界酒になる時代になると感じています。海外の皆様にもしっかりと日本酒の魅力をお伝えできるように精進したいと思います。
いろいろ書いてきましたが、300周年の記念事業はまだはっきり固まっていません。本当はいくつか計画があるのですが、まだお知らせできる段階にはないのが現状です。
悪い出来事の方が記憶に残りやすいということもあるのでしょうが、300年間は苦難の連続だったように思います。ですが、その時々に誰かに支えられて酒造業を続けることができています。何をするにせよ、そうした人たちへの感謝の気持ちを伝えられることをしていきたいと思います。
【酒蔵だより:松井酒造】
- 2023年8月:「中学生の職業体験を受け入れて」
- 2023年10月:「京都から世界へ。観光都市の酒蔵として思うこと」
- 2023年11月:「ゲームやアニメと日本酒のコラボ可能性」
- 2024年1月:「ジン&ラム参入で、日本酒とシナジーを生み出す」
- 2024年3月:「『これからの1000年を紡ぐ企業』として、酒造りの伝統と未来を考える
- 2024年8月:「年30回参加!日本酒イベントの醍醐味とは」
- 2024年11月:「海外出張でみえた日本酒の現在」
- 2025年1月:「「神蔵」のデザインに込めた想いと工夫」
- 2025年4月:「無形文化財登録後に見えた意識の変化」
- 2025年7月:「理想を追求して生まれた美しいスパークリング清酒」
- 2025年10月:「寒造りから四季醸造へ。変わりゆく環境と変わらない想い」
- 2025年12月:「“かっこいい日本酒業界”を目指して。創業300周年の先にある冒険」






































