北海道・釧路唯一の酒蔵・福司酒造。製造部長の梁瀬一真さんは、本土の酒蔵と比べたとき、北海道の日本酒の歴史の短さを実感して思い悩むことがあるのだそうです。
「福司」という地酒が語るべき「ストーリー」とはなんなのか? 今回の酒蔵だよりでは、梁瀬さんがたどり着いたひとつの答えについて綴ってもらいました。
福司にとっての地酒とは何か

五色彩雲は、製造部が主体となって運営しているブランドです。酒を造ることはもちろん、商品説明やPOP、営業、どこへ届けるのか、そしてどこへ向かっていくのか。そのすべてを自分たちで考えています。
その中で、一つだけ、最初から決めていることがあります。それは、「私たちの根源は地酒である」ということです。これがブランドの軸であり幹を構成しています。迷わないための羅針盤です。
では、私たちにとって地酒とは何なのでしょうか。
五色彩雲を立ち上げてから、地域の外へ出る機会が増えました。視点も釧路から北海道へ、そして全国へと広がっていきました。各地の酒蔵を訪ねて話を聞くたびに、少し羨ましくなる瞬間がありました。酒そのものではありません。その酒の背景にある物語です。
・木桶
・菩提酛
・数百年積み重ねてきた歴史
・幻の酒米
・その土地にしかない風土
どのお蔵さんにも、その土地だからこそ語れるストーリーがあります。そして、その一つひとつが「地酒」という言葉に重みを与えていたのです。話を聞けば聞くほど、「なるほど、そうやって地域を言語化し価値として伝えていけばいいのか」と勉強になります。
その反面、いつも同じことを考えていました。
「では、私たちは何を語ればいいのだろう?」

北海道にも歴史はあります。しかし、日本酒の酒どころが積み重ねてきた何百年という時間の文脈で語ろうとすると、その歴史はどうしても短く映ります。米づくりも酒造りも、本州に比べれば短い歴史です。同じ土俵で語ろうとすると、どうしても自分たちは後発です。その空白を埋める言葉が、どうしても見つかりませんでした。
日本酒の特集が組まれた雑誌には、最北の地域が「青森」で止まっていることがよくあります。北海道にも酒蔵はあるし、酒屋さんもある。でも全国で読まれるその本には「北海道」の名前が掲載されない。日本酒のファンに北海道の酒を知ってもらう機会すら与えられていないことが悔しくて仕方がありませんでした。
では、私たちが掲げている「地酒」という根源は間違いなのでしょうか。
そうではないはずです。福司は、釧路という地域に根付き、そのほとんどが地域の人たちに飲まれている。その景色は、私たちにとってあまりにも当たり前です。だからこそ、それを「地酒の価値」として考えたことはありませんでした。
全国の酒蔵さんを見ながら、自分たちが当たり前のものとして眺めてきた景色を改めて見つめ直すと、問いが変化しました。
「地酒とは、本当は何なのだろう?」
北海道の地酒は、「土地の変化」も反映する

全国の酒蔵は、それぞれの歴史や風土を酒に映しています。それは間違いなく、その土地の地酒です。
では、北海道で酒を造る私たちは地酒に何を映してきたのか。
例えば、北海道は焼酎文化と言われているのはご存じでしょうか?同じ焼酎文化でも九州のような本格焼酎ではなく、甲類焼酎を炭酸やお茶で割り、毎日の晩酌として楽しむ文化です。私たちの酒造りをしている道東では、その文化が今も色濃く残っています。
その文化の中で育ってきた日本酒も、高級酒ではなく、毎日の食卓で飲まれる普通酒でした。特別な日に開けるものではなく、毎日の食卓に並ぶ日常酒です。

普通酒と聞くと、品質より価格を優先した酒という印象を持つ方もいるかもしれません。しかし、この地域では違います。地域の暮らしの中で選ばれ、食文化とともに育ってきた酒です。私は、それもまたひとつの地域らしさだと思っています。
だからこそ、その文化を否定するのではなく、受け継ぎながら次の時代へつないでいくことも、私たちの役割だと考えています。
しかし、もちろんこれも変化していくはずです。地域らしさは、過去だけにあるものではなく、今日も新たに生まれていっています。特に北海道は、今も地域そのものが変わり続けている土地です。
私がその変化を最も身近に感じるのは、地域で水揚げされる魚です。
釧路は、サンマや鮭、イカ、シシャモなどが多く水揚げされてきた地域です。そうした豊かな海の幸があったからこそ、炉端焼きという食文化も育まれてきました。しかし近年、漁港やスーパーで目にする魚は少しずつ変わっています。かつては南の地域の魚という印象が強かったブリやマグロ、フグなども、今では釧路で見かけることが珍しくありません。

変化しているのは海だけではありません。
以前、北海道の野菜といえば、ジャガイモや玉ねぎ、トウモロコシ、カボチャなどが代表的でした。しかし今では、より多様な野菜が北海道で栽培されるようになりました。
酪農ではチーズ工房が各地に生まれ、地域の食文化として根付き始めています。鹿肉の加工施設が新設されるなど、これまで十分に活用されてこなかったものにも地域資源として新しい価値が見出されるようになりました。

こうして見ていくと、北海道の食は大きな転換点にあるように感じます。これまでは、この土地にある自然の恵みを「獲る」「収穫する」ことが産業の中心でした。しかし今は、養殖や品種改良、加工、熟成など、人の手によって価値を育てる取り組みが地域のあちこちで始まっています。
食そのものが、新しい段階へ進もうとしている。私たちの役割には、その変化を酒に映すこともあるはずです。
地域の魚が変われば、酒も変わる。
食文化が変われば、酒も変わる。
人の暮らしが変われば、酒も変わる。
私たちが映したいのは、積み重ねられた歴史だけでも、土地だけでもありません。その土地で暮らす人たちの生活であり、食文化であり、価値観です。つまり、地域そのものです。その地域の姿を酒に映し続けること。それが、私たちの考える地酒です。
北海道らしい地域の映し方とは

北海道は、開拓の歴史の中で全国各地から人が集まり、それぞれの文化を持ち込み、土地に合わせて形を変えながら今の姿をつくってきました。異なる文化が混ざり合い、そこから新しい文化が生まれる。それ自体が、北海道の歴史であり特徴です。
そして、その歩みは今も続いています。
気候が変わり、農業が変わり、漁業が変わる。それに伴って、食文化や人々の暮らしも少しずつ変わっています。北海道は、すでに形づくられた地域の姿を守るだけの土地ではありません。今も新しい地域らしさが生まれ続けている土地です。
一つの完成形だけを追い続けるのが地酒ではないと私たちは考えています。伝統を敬い、新しい知恵を学びながら、それをこの土地に合う形へ変えていく。それが、北海道の酒造りだと思っています。
どのような酒が北海道らしいのか。まだ答えは見つかっていません。けれど、答えが決まっていないことは、弱さではなく、これからどのような酒文化をつくっていくのかを、自分たちの手で考えられるということです。
日本の中でも独自の歴史と文化を持つ北海道は、長い時間をかけて、ようやく米どころと呼ばれる土地へ変わってきました。そこで造られる日本酒もまた、これまでとは違う価値を見つけていくはずです。そしてそれは、地域の食の文化と共に成長していくでしょう。
北海道には、これから積み重ねていく時間があります。まだ答えが定まっていないこの土地で、地域とともに北海道の日本酒の姿をつくっていけること。私は、その今を経過地点としてとらえられる余白こそが北海道の日本酒が持つ価値であり、北海道だからこそ表現できる地酒なのだと思っています。
【酒蔵だより:福司酒造】
- 2025年5月:これがチーム福司!釧路で日本酒を造る人々を紹介
- 2025年6月:北海道の“右側”にだけある風景。釧路と福司の話
- 2025年10月:北海道の“地酒”の再定義 - 「若手の夜明け」で見つけたもの
- 2026年3月:波乱の酒造りも挑戦のエネルギーになる!2026年のチーム福司、始動
- 2026年8月:答えが決まっていないことが、強みになる。北海道の日本酒はこれからがおもしろい!









































